2008年10月15日水曜日

by solo 7


やんばるでの最終日、Cafe山がめにて、
「精霊を呼ぶ太鼓」というケニアドゥルマ民族のライブと
「ケニアの子供たち」のスライドトークが行われた。

そこで聞いたケニアの子供たちの話は、
とても衝撃的で、何とも言えない気持ちになった。

ある日突然、暴動が起こり、
自分の親がご近所さんの首を斬りつけるのを見てしまう。
逆に、自分の親がご近所さんに殺されるのを見てしまう。
必死で逃げ続けて、たどり着いた都会のなかで、
生きるためにゴミをあさり、ひったくりをし、
シンナーを吸って生活をする。

誰も、好きでこうなったわけじゃないのに、
町の悪い奴らと言われ続ける彼らが、
シンナーで廃人のようになって、それでも口にするのは
「学校に行きたい、、。」という言葉。

ケニアでそんな子供たちのために寺子屋を運営している
フリーライターの早川千晶さんは、
そんな子の手を引き、学校へ連れて行ったという。
そして、その子達は、今では立派にクラスのリーダーになり、
今度、高校にあがるという。

千晶さんの話で、心引かれた話がもう一つあって、
それは暴動や戦争状態が続く、町中での話。

家々が壊され、死体だらけになった町の壊れた外壁に、
「Keep peace!!」や「peace wanted alive!!」などと
ペンキで書かれているのを見つけたという。
それも一カ所ではなく、あらゆる所に。
「戦うのを止めて!!」というそれらのメッセージには
必ず最後に「by solo 7」とサインが入っている。

solo 7って、一体誰??
と思った千晶さんは、彼を探し、そして出会うことができた。
彼は、しがない画家だった。
(私たちにも、彼の写真を見せてくれた。
優しくて、とても良い顔をしていた。)

千晶さんが「なぜ、メッセージをたくさん書くの??」
と聞くと、彼は言った。
「戦いが始まったとき、俺は何も出来なかった。目の前で
たくさんの人が殺されて行くなか、なぜか自分は武器を取らず、
ペンキを取り、殺し合いの最中で、メッセージを書き続けた。
朝から晩まで、とにかく書き続けた。」

目の前で殺し合いが行われている、そのすぐそばで
とにかく「みんな殺し合うのを止めて!!」と、
書き続け、彼自身もナイフを突きつけられたりしたんだそうだ。
けれど、今にもナイフを振り下ろそうとしている時に、
彼がその横で書き付けたメッセージを見て、
はっと、その手を止める人もいたという。

そのうち、彼は、絵も描き始めた。
すると、どこからともなくたくさんの子供たちが集まって来て
一緒に絵を描き始めた。
町の瓦礫は、いつの間にかアートになっていった。

solo 7は書いた。
「live in peace!! not pieses.」
平和に生きよう。ばらばらではなく。

そこら中にばらばらになった死体が転がっているのを
皮肉って書いたものなんだそうだ。

こんなことが、一体いつまで続くのか、、。
私たちに出来ることは何なのか、、。

身近な問題として、このCafe山がめがある、
やんばる高江の米軍ヘリパッド建設反対運動を
これからも応援していきたいと千晶さんは言った。

千晶さん、たくさんのお話を、本当にありがとうございました。

私たちも、知るべきこと、忘れてはいけないことが
確かにたくさんあって、
一人一人が真剣に向き合わなければならないのだろうと思った。

Live in peace!! Not pieses.
平和に生きよう。一人一人がばらばらにではなく。

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