2008年12月29日月曜日

餅つき

那覇にある、お友達の安宿「月光荘」で
毎年恒例、同じく那覇にある安宿「柏屋」さんとの
合同餅つき大会が行われた。

たくさんの人が集まって、
ついちゃ食べ、ついちゃ食べ、、。

さとう醤油、きな粉、お汁粉、のり巻き、おろし醤油、
最後に、今朝つぶしたばかりの新鮮な鶏肉を入れたお雑煮!!

さっきまで、羽をもがれて丸裸にされたまま、
血抜きする為にぶら下がっていた、あの子。
こんな姿になって、、。う、う、旨すぎる〜!!(笑)

沖縄って感じですよねえ、、。
内地じゃあまり見ないですもんね、、。

でも、本当おいしかったー!!
もういいです、ってくらい餅食べました。

月光荘さん、柏屋さん、本当にありがとー!!!!

ごちそうさまでしたー!!!!

小人ちゃん


今更ながら、、とういか、改めて言うが、
カイクンはおチビだ。

先週、クリスマスで、フラチームのクリスマスパーティー、
カルチャーのクリスマスパーティーに続き、
カイクンは具志頭保育園でも、久米なかよし保育園でも
クリスマス会をしてきた。

一体、何人のサンタに会ったんだ??

で、保育園でもらってきた三角帽姿を写真に撮って見たら、
おやおや、まるで小人だよ。(笑)

うちのかわいい小人ちゃん。
最近はおすわり、歩伏前進に加え、下の歯が生えてきていて
痛いの痛くないのって、あんた。

いや、かわいいよ、かわいいんだけどね、、。

2008年12月24日水曜日

HULA!!X'mas!!



大好きなHULA HALAU O PUA'ENA in沖縄
の、クリスマスパーティーをしてきました!!

前の日から、もくもくと飾り付けなどを作り、
なんとかパーティーらしい感じに、、。

沖縄フラガール、総勢約30名!!
なんともかわいいメレフラのはじまりはじまり〜。

カヒコあり、生ウクレレと南部の歌姫はるちゃんのライブあり、
飛び入りありで、かなり楽しかったです。
ケイキちゃんも可愛かった〜。

なにより、サプライズだったのが、ハラウのみんなからのプレゼント。

最近子供を産んだフラシスター達に、内緒で
子供の名前入りのバングル(ハワイアンジュエリー)を
作ってくれていたんです!!!!
感激!!!!もう、泣いちゃいます!!!!
本当に、感謝!!!!BIG MAHALO!!!!
大切にするよ〜!!!!

そして、恒例のプレゼント交換では、暖かなブランケットをゲットし、
フラシスターでパティシエのめぐみちゃんが用意してくれた
クリスマスケーキも、おいしく頂き、もうもう、
お腹いっぱい!!のパーティーになりました。

来年もいっぱい踊るぞ〜!!!!

沖縄ハラウのみんな、南部の歌姫はるちゃん、
いつも美味しくてボリュームたっぷりのご飯を出してくれて、
素晴らしいPAと照明をしてくれた柏屋さん、
そして、私たちの素晴らしい先生、ちか先生に、
MAHALO NUI LOA!!!!

そして、MELE KALIKIMAKA!!!!

2008年12月22日月曜日

Raiatea X'mas Live!!


今日は、ちょっと早めのクリスマスで、
待ちに待った、ライアテアのクリスマスライブへ、、。

ライアテアのライブは、ハワイで聴いて以来。
まさか、沖縄でまた聴けるなんて、感激ですよ。

相変わらずの素晴らしい歌声に、うっとり、、。
カイクンも良い心地で、かなりご機嫌。
初めて見る、勝野雅奈恵さんのフラも素敵でした〜。

そして、後半は、我らが湘南Laulaの登場。
(うーは密かに、タカシ&ヒロシと呼んでいる。)

久々に会った松井くんに、いろんなところで会うよね、
と、言われ、、。そうなんです。それがうーなんです。
と、肯定するしか出来ない私。
最後に会ったのは、「銀座五丁目のハワイアン」だったっけ。
なつかし〜。(笑)

今度こそ、沖縄でもホイケに呼ぶからね。待っててよ!!
と、約束を交わしましたが、さてどうなることやら、、。

それにしても、ライちゃんのクリスマスソング、
本当、素敵だったわ〜。☆☆☆☆

ご飯も食べ、お土産ももらい、大満足のクリスマスでした。

Mahalo〜!!Raiatea!!&Laula!!

2008年12月19日金曜日

やーるー

昨日、久々のお家でゆっくり休んでいたら、
壁掛け時計に小さな影が動いているのを発見。

やーるーだ。

やーるーは、沖縄の方言で、やもりのこと。
家の守り神で、やもりが家に住みついているのは
良いこととされる。

こんな、コンクリ六階建てのアパートに住んでてくれるなんて、、!!

うーとカイクンの留守中に、お家を守っててくれてたのねー、
と、なんだか嬉しくなった。

2008年12月18日木曜日

カイクン入院


カイクン、入院しました。

ちょこちょこ病院にも行き、漢方とレメディーでがんばってたんだけど
それにしても、あまりにも熱が出過ぎなので、
いろいろ検査した結果、お腹に大きな肺炎が!!

そりゃ漢方じゃ治らんわー。

本人はかなり元気で、咳もそんなにないので、
先生も、気付きにくかったはずよー、と言ってました。
毎日ベッドで、うーの服を引っ張ったり、
プレイルームのおもちゃで遊んだり、ご機嫌のカイクン。

本当に肺炎か〜??
ってぐらい元気なんです。

変な子〜。

そして昨日、5日前の肺炎の影は、一体なんだったんだ??
ってくらい、きれいなレントゲン写真とともに、退院決定。
さっき、久々の自宅へと戻ってきました。

基本的に極端な子なのね、カイクン。
良く言えば、分かりやすい。
言い方かえたら、落差が激しい。

泣いてると思ったら、一秒後に寝てる、、とか。
一秒って、、。
ん〜、やっぱり変な子。

まあ、とりあえず、退院できて良かった〜。

いろいろ助けてくれたみんなに、感謝!!

2008年12月13日土曜日

バーンロムサイの子供たち

昔、チェンマイに一ヶ月半ほど滞在していたことがあって、
HIV感染孤児院「Ban Rom Sai」で、女の子達にHULAを教えたりしていた。

バーンロムサイでの思い出はたくさんあって、
一言ではとても話せない。

子供たちは、私たちのことを
「ポー(お父さん)」「メー(お母さん)」と呼び、
言葉がわからなくても、いろいろ話してくれる。

とにかくそこの子供たちはみんな元気で、
すごく可愛くて、やんちゃで、
スタッフやボランティアのみんなも、
とってもすてきな人たちばかりで、
本当に素晴らしいところ。

バーンロムサイは日本にも支社があり、毎夏、
うーの地元の、一色海岸海の家Blue Moonでもブースを設け
タイ雑貨や衣服、バーンロムサイの商品などを売り、
売り上げを子供たちの生活費や薬代にしている。
うーも、去年までスタッフとして働いていた。
ALOHAがいっぱいのすてきな職場だった。

それから、バーンロムサイは、毎冬には東京で
「Under the tree展」と称し、子供たちの絵や、作品、
バーンロムサイオリジナル商品などを展示販売する
というイベントを行っている。
そこでは、紹介映像を流したり、そして毎年
バーンロムサイの子供たちの何人かが代表して
来日することになっていて、実は昨日がその日だった。

今年、日本に来たのは、ヌン、プロイ、スーワイの三人。
http://www.banromsai.jp/img/hotnews/UT2008/DMcard_pdf.pdf

ああ〜、懐かしいなあ。会いたいなあ、、。
きっと、すごく成長して、大人っぽくなったんだろうな。

いつもいつも遠い沖縄から、子供たちの笑顔を思い出しては、
うーも頑張ろう!!と、幸せな気持ちになるのです。

コープクゥンカー、バーンロムサイ。

2008年12月8日月曜日

くじらキッズ

クジラの子
、、の、ことではない。

うーとカイクンが行っている「かみや母と子のクリニック」内の
病児保育施設の名前です。

実はカイクン、またまた発熱。
今度はなんと、仕事場にかかってきた保育園からの電話時で、
「カイクン、40°です〜!!」
って、ええ〜!!!!

今日は、職場も人がいない。
でも、40°はやばいだろ、、。

てなわけで、いつか使おうと思ってた、病児保育へ。

まずは、小児科で受診して、漢方薬を処方してもらい、
そのあと問診票を書いて、保育士さんのもとへ、、。
病院内だから、何かあっても安心。
吸飲もお薬のませるのも、全部やってくれる。

お昼休憩にちょっと抜けただけで、
お仕事にも戻れちゃいました。

助かるわ〜。くじらキッズ。
保育料はかかるけど、働くシングルママの強い味方です。
感謝!!!!

2008年12月5日金曜日

違うということを認める

この間、レッスンの時にこんな話をした。

ある人が、良かれと思ってしたことを、
別の人にはそれが理解出来ず、良い関係が築けないことがある。
でも、どちらの人も悪くない。
二人とも、自分なりの良かれをしているだけ。

人はみんな、それぞれの考え方を持っていて、
それぞれの思考回路があって、それぞれの感覚がある。
育った環境も違ければ、性格も違う。

で、みんなそれぞれ、良い方に行こうとしていると思うし、
みんながそれぞれの、良かれと思うことをする。
ただ、それが、この人にとって、当たり前にしたことでも、
別の人には理解出来なくて、気持ちがくい違っちゃうこともある。

そんな時、「この人、なんなの??」って否定じゃなくて、
まず、「なんでこうなったんだろう??」と考えてみる。
考えても分からなかったら、聞いてみる。
案外、自分にはない思考回路で、びっくりすることが多い。

そーか、そっちだったかあ、、と。

分かり合いたくても、分かり合えないのは、
うーは当たり前だと思うし、無理に分かり合うよりも、
人がみんなそれぞれ違うということを、
認め合えればいいんじゃないかと思う。

だって、その人に慣れることは出来ても、
今更、思考回路なんて、そう簡単に変われない。

言葉は大事だ。
でも、言葉にしても、思い違いはある。
ちょっとした言葉の使い方一つで、
人によっては、まったく違うとらえ方をすることもある。

なんだかむずかしいけど、
とにかく、うーはどんな人もみんな、いい人だと思うし、
それを信じて、「えぇ??」って思うことがあっても
この人は、この人、と認めてあげれたらいいなと思う。

2008年12月2日火曜日

高尾山の穴


ついに穴があけられてしまう、、。

悲しい。

なんでなんだ??

たくさんの人が祈り、たくさんの人が泣いた。

うーもよく行った。
あの高尾山。

次に行く時には、きっと大きな穴があいているのだろう、、。

ごめんね。

本当にごめんね。

2008年12月1日月曜日

電話友達

うーには、電話友達がいる。

ほぼ電話でしか交流がない。
でも、たったそれだけのことなのに
その電話に救われることも多い。

ある意味では、一線を置いているけど、
別の意味では、誰よりも言いたいことを言えてしまったり、
いい距離なんだと思う。

妊婦になって、ひとり沖縄に来て、
でも、めそめそしたくなくて、
いつでも元気に振る舞っていたくて、
けっこう自分の気持ちを押さえつけていた時も、
なぜか、電話ではぐちってしまったりもしたなあ。

まあ、なんとも迷惑な話だ。

そんなどーしようもないうーに、
今日も電話は鳴った。

今は、うーの口の悪さに加えて、
カイクンの泣き声がまざったりする。

そんな電話に付き合ってくれる、友人に感謝。

2008年11月24日月曜日

故郷の景色


いつも思い出す故郷の景色と言えば、

うちから見る海と富士山、そして夕日、
長者ヶ崎、森戸海岸、名島の鳥居、裕次郎灯台、江ノ島。
山桜、ツツジ、紫陽花、海の家、紅葉、トンビ、、。

思い出すなあ。
ルアイのタイ料理、ブレドールのパン、葉山コロッケ、
和楽の大判焼き、魚竹の定食、manimaniのスイーツ、、
あれ??食べ物ばっかり、、。

まあ、とにかく、
懐かしい景色、におい、音、そして、みんなの顔。

思い返せば、思い返すほど、
うーはいい環境で育ってきたと思う。
本当に感謝してますです。
そして、本当に恋しい、、。

さて、、今、ここでの景色は、
ひたすらにサトウキビ畑、ハイビスカス、福木、
奥武島、青い海ってとこでしょうか、、。

カイクンにとっては、これが故郷の景色になるんだろうなあ。
なんだか、不思議な感じです。

マナカード

今日は、マナカードのワークショップに行ってきました。

マナカードは、ハワイではじめて見たときから気になってて、
去年の夏にようやくゲット。
自分なりにいろいろ勉強しながら使ってはいたものの、
ちゃんと教わるのは、はじめて。

先生のアロヒナニさんは、とってもチャーミングな方で、
説明も分かりやすく、参加されてたみなさんも、
会場のアイランドジャムさんも、セミナーだっていうのに、
赤ちゃん連れのうーに寛大で、楽しい会でした。

マナカードは、44枚からなるハワイ版タロットみたいなもの。
ハワイ語や、ハワイの神話などの勉強にもなり、
けっこう気に入って、ハワイの勉強にも使ったりしてる。
今回は、今までのうーのカードの使い方が間違ってなかったのも、
分からなかったとことかも、たくさん確認出来て、
本当良かったー。

よし!!これからも、がんがん使おう!!(笑)

マナカード、PC版はこちら。
http://manacard.com/info/info_fortune.html

2008年11月16日日曜日

ホメオパシーのある生活

今日は、日曜日。
保育園も仕事もお休み。

と、言うことで、前々から予定していた
ホメオパシーセミナーへ行ってきました。

以前、ホメオパシージャパンのセミナーにも行ったのですが、
今回は、ホメオパシー振興協会のセミナー。
一言でホメオパシーと言っても、いろいろあるみたいです。

子供が出来て、いろんなことを気にするようになって、
まわりのママさん仲間も使っている
ホメオパシーに興味を持ったのが、ことの始まり。

今は、予防接種も全部ホメオパシーで済ませたいなあ、、と
思うようになっています。

葉山にいる頃は、フラワーエッセンスをやっている人が多かったけど、
沖縄に来たら、みんなホメオパシー。
まあ、元をたどれば、一緒みたいですけどね、、。

気軽に出来るという意味では、フラワーレメディーの方がいいのかなあ、
とも思うけど、沖縄は、けっこうホメオパスもたくさんいて、
相談出来るところが多い。

うーもカイクンも、今レメディーを使っているけど、
これは、免疫力UPのため。
まだ実感はないけど、いつかちゃんとホメオパスの人に見てもらって
二人で毒出ししたいなあ、、と思ってます。

ホメオパシーのある生活。
けっこう良いかも、、。

2008年11月14日金曜日

記憶がよみがえる時

普段忘れているような思い出が、
急によみがえってくる時がある。

季節の変わり目、懐かしいにおい、
懐かしい音楽、懐かしい場所、懐かしい味、、。

そんなちょっと胸キュンな懐かしい物たちは、
唐突に私を記憶の渦に引き込む。

ハッとする。
涙が流れることもある。
思わずその日、一日、
そのことばかり考えてしまう時もある。

記憶って怖い。

毎日、前だけ見て歩いていたいけど、
時には振り返って、心の整理整頓が必要な時もある。

私はここのところそれがあまり出来ていない。
だからきっと、何かの拍子に
記憶がよみがえり、心がざわつくんだろうな、、
と、なんとなく思った。

ちょうど今、季節の変わり目は、
特にそれが多い。

発熱

カイクンが保育園に入って、一週間が過ぎた頃、
バイト先に電話がかかってきた。

「お母さん、カイクン、お熱が38.4℃です。」

ひゃあ〜!!いつか来ると思っていたら、
早速来ましたか〜、、。

保育園にお迎えにいった時には、39.2℃。
これはやばいかも??
と思ったけど、おっぱいもよく飲むし、
ぐーすか寝てるし、外は雨風強いし、、。
で、お家で様子を見ることに。

結局、晩には熱も下がり、次の日は
無事、保育園に行ったものの、
二日後、またまた発熱。
またまたバイトを早退し、お迎えに、、。

カイク〜ン!!大丈夫か〜??
、、な〜んて、家に連れ帰ると、
たいていご機嫌になるんだけどね〜。

どうやら、保育園に入れられるし、
うーも、一日お仕事に出ているしで、
カイクン、いじけて発熱している模様、、。

がんばれカイクン!!
ママもがんばるからさ〜!!

2008年11月10日月曜日

南部ママさんズHULA


南部ママさんズ、古典HULAデビュー!!

具志頭で行われた「福の木まつり」。
雨が心配だったけど、規模を小さくして、
なんとか無事、終えることができましたー。

那覇チームから、ご近所糸満のあやちゃん、はるかちゃん、
「南部なんて自転車で行っちゃうもんね!!」ちなつちゃんの三人が
応援に駆けつけてくれて、全六曲、みんな可愛く踊れてましたー。

南部ママさんズ、すっごいがんばってたもんなあ、、。
良かった、良かった。

さあ、また次回に向けて、、南部ママさんズ、
これからも、がんばりまーす!!

2008年11月8日土曜日

また夏、、。


今日の天気予報は雨!!

なのに、お空は激晴れ!!

この三日間、沖縄は30℃近く気温が上がり、
もう夏!!

というか、また夏!!

はあ〜、、海入ろっかなあ、、。

2008年11月7日金曜日

Fugisun1周年!!


ちょっと前のことですが、
浦添にあるBar Fugisunの一周年パーティーにお呼ばれして
我らが那覇フラチーム、踊ってきました。

Fugisunは、フラシスターで笑顔大将よっしーのダーリン、
浜田くんのすてきなお店。
店中に、葉山仲間のかりしゅう'Sペインティングがあり、
もうそれでけで、うーはウハウハ。

しかも、その日は集まった12名のフラシスター達が、
誕生日の近い、うー、じゅんちゃん、ちかちゃんのために
ケーキやプレゼントを用意してくれて、
うーは、ブーゲンビレアのレイももらい、
しかも、BGMは、なつかしの、またもや葉山仲間のTOMBI!!
で、うーはもっとウハウハ。

さらにさらに、今日は生音と言うことで、
ウクレレの人が来るよ、と言われていたんだけど、
やってきたのは、なんとびっくり、KOAさん!!
カイクンがまだお腹にいた時、
浜辺の茶屋の「海楽」でお会いして以来。

人、音楽、アートの嬉しい再会の後の
楽しいHULAの時間。
フラシスター達とのおしゃべり。

本当に本当に良いパーティーでした!!
よっしー、はまだくん、KOAさん、フラシスターのみんな、
そして、お店のスタッフさん、来てくれたお客さん、
みんなみんな、本当にありがとうございましたー!!

2008年11月4日火曜日

イランカラプテー

涙が止まらなかった

この日を迎えた瞬間
何かが解き放たれた気がした

するべきことを もう一度
よく見つめようと思った

この場所 空気 水 空の色
大切な命 音 みんな

もう一度 感謝しよう

今 私が生きていることに

今 大切なものが側にあることに

今まで頑張ってこれた自分に

もう一度 挨拶をしよう

イランカラプテー
(あなたの心にそっと触れさせてください)

全てが 大切だから

全てを 愛していたいから

出会えたもの全てが 私になるから

もう一度 進もう

ちょっとだけ休憩したら
また 歩き出そう

どんな小さな一歩でも
進んでいることに かわりはないから

ありがとう

私をとりまく全てに

ありがとう

私自身に

27歳、最後の日。


27歳、最後の日は、HULAで終った。

そして、今日一日、
うーはこの一年を思い返していた。

去年の今日、うーは海の上にいた。
お腹の中で、カイクンを育てながら、
過去に別れを告げ、大好きな葉山に、
家族に、友達に、HULAに別れを告げ、
一人、沖縄行きの船の上で一日中
27歳の誕生日を過ごした。
お供は、葉山から持ってきた
小さなガジュマルの鉢植えだけ。

絶対に、何があっても、
カイクンを産み、育てようと必死だった。
小さなトランク一つと、ガジュマルと、一万円。
それが私の全財産だった。
そんな私を、船はゆっくりとこの島まで運んでくれた。

あれから一年。
もうまるで何年もたったみたいに思える。
よくがんばってきたと思う。

結局、大好きなHULAは続けているし、
ここにもたくさん友達がいる。
みんなに支えられて生きている。
ママや、お姉ちゃんとも連絡とれるようになったし、
何より、今はカイクンがいる。
悲しいことなんて、何もない。

またこの、新しい一年を、
愛する海音介と二人、幸せに生きていこうと思う。

久しぶりに、この言葉を使うよ。

「全てに感謝、日々笑顔。」

いつも助けてくれるみんな、
応援してくれるみんな、
見守ってくれるみんな、
本当に本当に、ありがとう!!!!

うー、28歳になりました!!

2008年11月2日日曜日

「大丈夫であるように」

こんな映画情報を見つけた。

「大丈夫であるように -Cocco終らない旅」
http://www.dai-job.jp/

彼女の名前を見るたびに、
はじめて会った時のことを思い出す。

少女のように天真爛漫で、
思春期みたいに傷つきやすそうで、
どんな大人よりも賢そうな人だった。
でも、東京での彼女は、辛そうに見えた。
そして、ちょっと寂しそうだった。

どんどん有名になっていって、
彼女の生み出す歌はものすごくて、
とにかく彼女自身のパワーの強さに圧倒されて、
すごいなあ、、と、憧れたりもした。
、、なつかしいなあ。

そんな彼女が、ジュゴンのニュースを見たという
六ヶ所村に住む女の子から手紙をもらい、
北へと旅をする、、という、この映画。
「大丈夫であるように -Cocco 終らない旅」

ジュゴンの海、そして、六ヶ所村。

いまでも六ヶ所村のことは、ずっとずっと気になってる。
署名活動をし続け、個人的に原燃へ訪ねたこともある。
WAVEMENTのエコバッグを使い、6ラプカードを配り、
SRFJ沖縄支部の方に会いに行き、
原燃についてのファイルを作ったりもした。

けど、それしか出来ていない。

とにかく、まずはたくさんの人に知ってもらいたい。
そう思って出来ることが、私にはこの程度だった。

たくさんの熱狂的なファンを持つCoccoの映画。
ジュゴンの時みたいに、きっとまた
たくさんの人がこの問題に触れてくれるんじゃないかと
そして、少しでもたくさんの思いが生まれることを願って、、。

--追伸--

ちなみに、ジュゴンの里、辺野古では
今年も満月祭が行われます。

詳しくは、http://henoko.jp/まで。

うーのフラシスター達も踊ります。

そして、フラシスター達の住む高江での、
米軍ヘリパッド建設反対については
http://takae.ti-da.net/。

自分たちにも出来ること、
まだまだたくさんあるよね。

2008年11月1日土曜日

ほしの王子様


祝!!
かいのすけ、いよいよ入園です。

今日から、具志頭保育園ほし組さんになりました。
(他にも、つき組、にじ組など、、
クラスネームが、とってもかわいい。)

とりあえず最初の一週間は、午前保育。
搾乳しておいたおっぱいを持っていったものの、
あまり飲まず、、。
う〜ん、、今更になって哺乳瓶に不満が出たらしい。
突然、困った、、。

しかし、保育園って、子供たちが本当かわいい。
お迎えにいくと、同じクラスの1歳児が、
みんなして「ばいば〜い!!」と
手を振ってくれる。

しかも、ここの保育園、とても話がわかる所で、
予防接種もうるさく言わないし、
めんどくさい母乳育児にも嫌な顔せず。
園長さんと、ほし組の先生方には、
本当に、感謝です!!

来年の春には、今いるほし組さん達は、みんな1歳なので
上級してしまうけど、(カイクンは0歳なので留年。)
女の子率が高いほし組さんの中で、
いまカイクンは、一番おチビの
ほしの王子様になったのでした。

2008年10月31日金曜日

離乳食の準備

カイクン、保育園に入るため、
今週は、ちょっと早めの離乳食準備Week!!

まずは、おかゆのとろとろを1さじから。

うぇっ??何??これ??
みたいな顔で、一時停止するカイクン。

けど、二日目からは慣れたみたいで、
小さじ1から小さじ3に、、。
だんだん、自分から口を開けるようになったりして、、
なんだか離乳食、楽しいなあ。

そして昨日からは、人参を擦ったものも混ぜてみました。
ん〜、カイクン、人参、好きみたいです。

でもー、、、
まだまだ、おっぱいが一番!!よね。

まあ、搾乳したおっぱいのストックも作っておいたし、
とりあえず、入園準備は万端?!かなあ。

2008年10月27日月曜日

育児は大変?!

育児は大変!!

、、、、なんだろうなあ。

う〜ん、、。
わかりません。
大変なんでしょうね、きっと。

なにぶん、こんな性格なので、
あまり大変とか思うこともあまりなく、、。
大変なんだろうけど、
気にしてないだけなのかなあ。

ただでさえ、母子家庭だし、
近くに家族もいないし、
人一倍、大変なんだろうけど、、。

んん??!
これからか??!

でもさ、いちいち大変とか
思ってても、アホみたいじゃない。
そんなこと言ったら、
だいたい、生きてること自体、大変よねえ。

ちょっと楽観的すぎるかしら??

2008年10月26日日曜日

流れ


生きていると、流れを感じない時はない。

潮の流れ、風の流れ、出会いの流れ、
タイミング、、。

カラダやココロの調子の善し悪しって
とても大切だけど、
うーは「流れ」の調子の善し悪しも
ものすごく大切だなあ、、と思う。

最近、流れが悪い。
今は体調も良くなったし、
夜、眠れないこともなくなったけど、
なんだか全体的に流れが、、。

海面でいうと、今は
ぐちゃぐちゃってとこかしら??

まあ、そんな時もあるよねえ、、。

今は海に入らず、
ゆっくりしてろってことかしらね。

2008年10月25日土曜日

宝物

海の音に
抱かれた あなたは

かわいい かわいい
私の宝物

どこまでも 続いてく
広がる 海の向こう

帆を張れ 漕ぎ出せ
小さな旅人よ

空を仰いで
陽の光を浴びたら

雨を受けて
すこやかに 育てよ

海の音を
感じて あなたは

大切な 大切な
私の宝物

かわいい かわいい
私の宝物

2008年10月20日月曜日

はじめての海水浴


宮古島での二日目、吉野海岸にて、
カイクン、はじめての海水浴、しちゃいました!!

百日記念でも使用したスティッチ水着を着て、
おそるおそる、、ぽちゃ、、と足が海に浸ると、
カイクンびっくりして、思わず泣いちゃったりして。

でも、波に揺られているうちに慣れてきて、
なんだ??なんだ??と海を見回していました。

海水はお肌にも良いしね。

また南部に戻ったら、海連れてってみようかなあ、、。

んみゃ〜ち!!宮古島!!

待ちに待った、Hula Halau O Puae'naの宮古合宿!!
東京、神奈川、沖縄のフラシスターたちが44名(!!)
宮古島のフラシスターたちのもとへ、合宿に行きました。

美しい海!!どこまでも広がるサトウキビ畑!!
(まあ、うちの周りもサトウキビ畑だけどね、、。)
宮古フラシスターたちのアロハたっぷりのもてなし!!

本当〜に!!素晴らしかった!!

沖縄民謡ライブ付きの料理屋さんでの交流会、
朝日とともに、海を眺めながらの早朝フラレッスン、
沖縄一の美しさを誇る宮古の海で海水浴、
総勢50名以上のフラ&ハワイアンライブで、みんなで踊り、
有名バスガイドさん付きのバス観光。
いやはや、なんとも盛りだくさんの、三日間でした。

久々に東京、神奈川のフラシスターたちに再会し、
久々に一緒に踊れて、うーはもう感無量!!
宮古のフラシスターたちの素晴らしいアロハにも感動!!
ライブの最後など、みんなで涙そうそうでした。

楽しかったー。
心配していた飛行機もなんとかおっぱいで乗り切り、
カイクンも終始ごきげんちゃん。
たくさんの美女たちに可愛がられ、うらやましいかぎりです。

東京、神奈川、沖縄の愛すべきフラシスターのみなさん、
本当にお疲れさまでした!!

素晴らしすぎる宮古のフラシスターのみなさん、
本当に本当にありがとうございました!!
また絶対行くからねー!!!!

たんでぃがーたんでぃ!!宮古島!!

2008年10月15日水曜日

by solo 7


やんばるでの最終日、Cafe山がめにて、
「精霊を呼ぶ太鼓」というケニアドゥルマ民族のライブと
「ケニアの子供たち」のスライドトークが行われた。

そこで聞いたケニアの子供たちの話は、
とても衝撃的で、何とも言えない気持ちになった。

ある日突然、暴動が起こり、
自分の親がご近所さんの首を斬りつけるのを見てしまう。
逆に、自分の親がご近所さんに殺されるのを見てしまう。
必死で逃げ続けて、たどり着いた都会のなかで、
生きるためにゴミをあさり、ひったくりをし、
シンナーを吸って生活をする。

誰も、好きでこうなったわけじゃないのに、
町の悪い奴らと言われ続ける彼らが、
シンナーで廃人のようになって、それでも口にするのは
「学校に行きたい、、。」という言葉。

ケニアでそんな子供たちのために寺子屋を運営している
フリーライターの早川千晶さんは、
そんな子の手を引き、学校へ連れて行ったという。
そして、その子達は、今では立派にクラスのリーダーになり、
今度、高校にあがるという。

千晶さんの話で、心引かれた話がもう一つあって、
それは暴動や戦争状態が続く、町中での話。

家々が壊され、死体だらけになった町の壊れた外壁に、
「Keep peace!!」や「peace wanted alive!!」などと
ペンキで書かれているのを見つけたという。
それも一カ所ではなく、あらゆる所に。
「戦うのを止めて!!」というそれらのメッセージには
必ず最後に「by solo 7」とサインが入っている。

solo 7って、一体誰??
と思った千晶さんは、彼を探し、そして出会うことができた。
彼は、しがない画家だった。
(私たちにも、彼の写真を見せてくれた。
優しくて、とても良い顔をしていた。)

千晶さんが「なぜ、メッセージをたくさん書くの??」
と聞くと、彼は言った。
「戦いが始まったとき、俺は何も出来なかった。目の前で
たくさんの人が殺されて行くなか、なぜか自分は武器を取らず、
ペンキを取り、殺し合いの最中で、メッセージを書き続けた。
朝から晩まで、とにかく書き続けた。」

目の前で殺し合いが行われている、そのすぐそばで
とにかく「みんな殺し合うのを止めて!!」と、
書き続け、彼自身もナイフを突きつけられたりしたんだそうだ。
けれど、今にもナイフを振り下ろそうとしている時に、
彼がその横で書き付けたメッセージを見て、
はっと、その手を止める人もいたという。

そのうち、彼は、絵も描き始めた。
すると、どこからともなくたくさんの子供たちが集まって来て
一緒に絵を描き始めた。
町の瓦礫は、いつの間にかアートになっていった。

solo 7は書いた。
「live in peace!! not pieses.」
平和に生きよう。ばらばらではなく。

そこら中にばらばらになった死体が転がっているのを
皮肉って書いたものなんだそうだ。

こんなことが、一体いつまで続くのか、、。
私たちに出来ることは何なのか、、。

身近な問題として、このCafe山がめがある、
やんばる高江の米軍ヘリパッド建設反対運動を
これからも応援していきたいと千晶さんは言った。

千晶さん、たくさんのお話を、本当にありがとうございました。

私たちも、知るべきこと、忘れてはいけないことが
確かにたくさんあって、
一人一人が真剣に向き合わなければならないのだろうと思った。

Live in peace!! Not pieses.
平和に生きよう。一人一人がばらばらにではなく。

2008年10月14日火曜日

やんばるファミリア


沖縄の真南に住んでいる私たち。
北へ北へと上って行き、ヤンバルは高江という、
ブロッコリーのような森のパラダイスへと足をのばしました。

そこには、フラシスターのトディー一家と、
カイクンのガールフレンド、いのりちゃん一家が住んでいて、
うー&カイクンは、同じくフラシスターのまいこと一緒に
遊びに行ったのです。

やんばるママさんズとやんばるガールズとフラしたり、
ジャングルのなかに佇むCafe山がめでゆんたくしたり、
やんばるファミリアにたくさん出会えて、
そして元気いっぱいの子供たちがカイクンを可愛がってくれて、
本当に楽しかった!!!!

本当は一泊くらいのつもりが、気付いたら二泊していて、
しかも三泊目に突入しそうな勢いでありました。

カイクンと一週間違いで生まれてきた可愛い可愛いいのりちゃんも
思う存分、カイクンとふたりラブラブしていて、
本当、可愛かったなあ。

やんばるファミリア、くせになりそうです。

2008年10月7日火曜日

だから私は踊る

以前、とある先生に、守護霊や前世を見ていただく機会があった。

うーの守護霊は、おばあちゃん。

おばあちゃんとの思い出と言えば、近所のアイスクリーム屋さんで
ダブルのコーンアイスを買ってもらい、
よく上のアイスの玉をころころと落っことしてしまっていた事。
ぺろっとなめては落とし、また買ってもらい、またぺろっと落とし、
また買ってもらい、また落とし、、最終的には、
”きりがないから、もう、そのまま食べちゃいなさい。”
まあ、当たり前の結果ですね。

それが唯一、うーが覚えてるおばあちゃんとの思い出。
なんだか思い出して微笑ましくなった。

そして、前世。

フラの事で悩んでいると相談するうーに、先生が教えてくれた事。
うーの前の前の世での事、ここでうーは衝撃が走った。

どこかポリネシアの島で、満月の夜、
シャーマンが儀式をしているところだと言う。
葉っぱの敷物の上に置かれた果物や魚やココナッツの入れ物。
そのお供え物の前で、シャーマンがチャンティングをしている。
その後ろには踊り子が5人。儀式の後の、ファイアーポイ。

先生が言うには、そのシャーマンの後ろで踊っている
5人のうちの真ん中の娘、それがうーなんだと、、。

”だから、あなたは踊るべきなのよ。”と言う。
お腹いっぱいでもう食べれません!!ってくらい、踊りなさいって。
それ以外に、あなた何するの??って言ってるわよって。

その話を聞いた瞬間、すこーんと何かが抜けた。
なんだ、踊ればいいんじゃん!!って思った。
やるだけやろう。とにかくこのまま踊り続けよう。
もう、前の前の世からそうなんだもん。
うーは南の島の踊り子なんだもん!!!

そう思ったらなんだかいろんな事が吹っ切れた。
あとはただひたすら踊り続けるだけ、、。
そう決めた。

だから私は踊る、これからも。

Mahalo nui loa.

友達

うーは、友達が多い、、と思う。
たぶん、、。

地元葉山の仲間達から、ここ沖縄のママさん&パパさん仲間。
ずっと会っていないけど、ずっと親友って思える友達。
電話でばっかり親交がある人、フラの仲間、、。

本当にいろんな人たちに良くしてもらっていて、
本当にみんなに感謝している。

友達がいなかったら、きっとカイクンも生まれてなかった。

こうして、フラも続けられてなかった。

そう思うと、本当に本当に幸せだし、
こんな素敵な友達に恵まれて、本当に嬉しいと思う。

いちゃりばちょーでー。

みんなありがとう。

みんながうーにしてくれた親切は、うーもみんなに返すよ。
全ての友人に、、ALOHA NUI.☆

2008年10月5日日曜日

みなみ耳鼻咽喉科

耳鼻咽喉科へ行って来た。

うーは喉を、カイクンは耳を診てもらうため。

良いと噂の、「みなみ耳鼻咽喉科」は、
思った通り、人がたくさん居て、かなり待ちそうだったけど
待合室は広く、畳のスペースもあり、
TV画面では、うちなー芝居が流れ、
おじい、おばあ、赤ちゃんにも優しい。

カイクンも、畳でゴロ〜ンし、うーは本を読みながら
ゆっくり待てて、二時間もかかったのに、特に辛くはなかった。

やがて診察室前まで案内され、そこでまたしばらく待っていると、
奥から先生の声が聞こえてくる。
と、またそのテンションの高いこと!!

「アーユーレーディー?!」
「オッケイッ!!」
「ふん、今日はどこね??」
「ふん、耳くそがつまっているね!!」
「ふん、ウーマクー◯◯くんか?!」(ウーマクー=わんぱく)
「ふん、そうだと思った!!」

どうやら先生は、思いっきり沖縄のおじいのようだ。
合間合間に、ハキハキとした英語が入り、口癖は「ふん。」
そして、これだけの患者数をこなしてるというのに、
とにかく誰に対してもテンションが高い!!

もちろん、うーとカイクンの診察でも、同じように
テンションの高いまま進み、
うーはただの喉風邪、中耳炎を疑っていたカイクンは異常なしで、
吸飲と耳掃除だけしてもらった。

なんだか、とっても沖縄〜って感じがして、
待ち時間の長い病院にいったというのに、楽しかった。

おじいの診察。
こりゃ、評判になるわ。

2008年10月3日金曜日

チビのスケ


カイクンはおチビさんだ。
いや、周りの子がでかいのか??

それにしても、8月生まれの宇大(うた)くん。
そして我らが海音介。
ならべてみると、ほとんど変わらんさー!!

どーーしよーー??!
チビのスケー!!!!

、、さて、どっちがカイクンでしょう??

2008年10月2日木曜日

残波岬でWedding

昨日、沖縄友達のふくちゃん&ゆうすけくんが
残波岬で結婚式を挙げた。

おめでとおー!!!!

で、うーは結婚パーティーの方だけ参加してきたんだけど、
残波岬で青空の下、風に吹かれてのパーティー。
野外イベントみたいで、たくさんの懐かしいお友達もいて、
そして、新婦ふくちゃんがかわいくて、、
本当に良いパーティーだった。

ネーネーズの小山よしこさんと、ギターの田原マサハさんの
HANAUTAライブも、最高で、うーはまた素福ちゃんと
「波」フラ参加してしまいました。

ふくちゃん&ゆうすけくんに、命の誕生のお祈りを
ハワイ語のチャンティングでプレゼント。
(ふくちゃんは今、女の子を妊娠中。)
ママになった素福ちゃんとの、久々の「波」フラは、
よしこさんの素晴らしい歌声で、とっても気持ちよかった。

とにかく、ふくちゃんが幸せそうで、本当にかわいかったよお。
ふくちゃんとふくちゃんパパのスピーチも泣けた!!
ゆうすけくん、これからも、ふくちゃんとお腹の子を
頼んだぞ!!!!

本当に本当に、おめでとう!!!!

2008年9月30日火曜日

葉山な一日


沖縄にいても、時々葉山な一日がある。
沖縄なのに、葉山な一日。
なんだか得した気分。

で、昨日は虹亀商店・パラダイスカフェにて
KEISONとPスケのLiveがあり、
まさしく葉山な一日だった。

うーも、「波」フラで急遽ちーこさんと参加。
カイクンは、いろんな人に抱かれて、
かわいがられて、ニコニコしてました。

南部仲間に囲まれて、でも葉山な感じ。
葉山から友達が来ていたからなのか??
久々にブレドールのパンを食べたからなのか??
んー、やっぱりPスケパワー??

それにしても、KEISONとはいつも
いろんなところで会う。
前回会ったのは、うーがお遍路しているときに
高知で会った。
さすが、サーファー、そして旅人。

昨日も、その渋い歌声で、女の子達を
うっとりさせていました。

そして、うーはまた思うのです。
あー、葉山が恋しい、、。

2008年9月28日日曜日

Blue Lagoon Festival '08

収益の一部を、珊瑚の保護活動に寄付するという
二日間の野外音楽イベント、
Blue Lagoon Festival '08が今年も開催された。

うーも、シンガーさくちゃんとギターのりょうくんを
空港まで迎えに行き、いざ名護へ!!

さくちゃんの出演は一日目で、うーはその時に
おなじみの「パレフア」というハワイの曲でフラ参加。
いわゆる、友情出演ってやつですか??

台風が心配されるなか、さくちゃんの出番の時までは
激晴れで、踊りながら西日がキツかったー。
でも、やっぱ、青空の下のフラは、いつ踊っても
本当気持ちいい!!!!

そして、りょうくんが作ったという、
さくちゃんの新曲も、すっごい良かった!! !!

ありがとう!!さくちゃん!!りょうくん!!

後半、いよいよ雨が降り始めてしまい、テントの下へ避難。
で、結局caravanのライブが終わる頃まで雨宿りしてしまった、、。

疲れたではあるけど、たくさんの懐かしい人に再会したり、
新しい出会いも会ったりで、有意義な時間でした。

本当は二日目も見たかったけど、うーもカイクンも疲れちゃうので、
早い時間にさっさと帰宅してしまい、
二人で、お家でゆっくりまったり、、。

みなさま、本当にお疲れさまでした!!

2008年9月26日金曜日

はじめての保育園

海音介、ついにこの時が!! !!

いつも南部仲間に頼んで、カイクンを預け、
レッスンに行っていた私。
本当に本当に、助かってはいるんだけど、
でも、時にはみんな都合が付かなかったり、
大変な時もある。

そんなわけで前々から、夜間もやっていて、
一時保育も受け付けてくれる保育園をリサーチしていた。

うーのお眼鏡に引っかかったのは、
那覇にある、「パニパニ夜間保育園」と、
「久米なかよし保育園」。
なんと一時間300円!!安い!!

で、今夜は友人のお店でイベントがあったため、
南部仲間もみんな忙しそうだったので、
さっそく「久米なかよし保育園」を予約。
カイクン、お初の保育園となったわけです。

しかしこうなると、仕事に行っても、
交通費と保育料とで、結局プラマイゼロ。
まったく収入にはなりません。

んが!!いや、しかし、
やっぱ、保育園に預けるのは、
気持ち的に、なんだかすごく楽でした。

そして、早いとこ、もっと働けるようになって、
気持ち的に、もっと余裕を持てるようになりたいもんだ!!
と、つくづく思ったのでした。

ちなみに、久米なかよし保育園では、今夜はちょうど
お誕生会だったみたいで、わけ分かってないカイクンも、
もちろん参加していたみたい。

そして、そんなにぐずることもなく、搾乳しておいたおっぱいも全部飲み、
今夜はどうやら、比較的良い子だったそうです。
ん〜、やっぱプロだから??

のだめカンタービレ♪

YouTubeで、のだめカンタービレ♪(ドラマ)を
一気に全部見てしまった、、。
いやぁ〜、YouTubeってすごいなあ、、。

では、なく。

のだめカンタービレ♪って、本当面白い。
演奏のシーンでけじゃなく、劇中歌も全てクラシック!!
音大、行きたくなりました。
ピアニストの姉がうらやましいっ!!
うーも、小さいときにちょびっとかじったヴァイオリン、
ちゃんと続けてたらなあ、、なんて。

そして、うーもあんな風に、
一曲一曲の物語を、体中でうんと表現して、
たくさんの人を感動させたいっ!!って思った。
感動して、何回も泣いちゃった。

ってか、千秋様、かっこよすぎー!!
本気で、のだめが羨ましいっ!!

久々にまた、クラシックたくさん聞きたくなりました。
とりあえずは、定番のNHK朝のクラシック(ラジオ)
、、ですかね。

2008年9月19日金曜日

ボイパ

ボイスパーカッション。
略して、ボイパ。

最近うちの子、ボイパが流行りらしい。

boom-pa,boom-boom-pa.♪

うーん、
もっぱらベース担当なのかしらねえ、、。

2008年9月14日日曜日

道ジュネー

今日は、十五夜で、糸満大綱引きの日。
沖縄のフラシスター達と、道ジュネー(パレード)に出ました。

台風の影響を心配していたのにも関わらず、
昼の間はものすごく良い天気で、雨風の心配よりも
紫外線の心配をするほどでした。

どうやら、親愛なるシンラコウ(台風13号)は、
うーの願いを聞き入れてくれたらしい。
(うーもカイクンも、晴れ女、晴れ男。)

道ジュネーは、南区からの参加で、大人子供、合わせて15名。
音がちゃんと出ないなどのハプニングもありつつ、
約1.5キロを歩いて、止まっては踊り、踊っては歩き、の繰り返し。
西日の暑い中、けっこうハードです。
あの道のりを、一体何回踊ったんだか、、。

でも、楽しかったー。
やっぱりみんなで踊るのって楽しい!!

ケイキちゃん(キッズ)も、
足を痛めつつ、本当よくがんばってました!!
えらい!!!!

最後に、ゴールの「白銀堂」に着くと、
みんなで神様にうーとーとー(お祈り)をし、
神様にもフラを奉納。

「これって、フラの原点みたいじゃない!!」と、
うーは一人、感激。
沖縄の神様の前で踊れるなんて、、!!

かなりバタバタで、いろいろ大変だったけど、
本当、良い経験になった。

いろいろ協力してくれた、フラシスターで糸満んちゅの
あやちゃん、はるかちゃん、そしてケイキの愛ちゃんパパと
あやちゃんファミリーのみなさん、南区の方々、
本当に本当に、ありがとうございました!!!!

ふぁー!!つかれたぁー!!

2008年9月12日金曜日

感謝という言葉


「感謝」という言葉を使う。

「ありがとう」と言うのと、なんだか
またちょっと違う。

なぜだろう??

うーの場合、地元葉山のお姉ちゃんのような存在である
シスターYukaliciousが、いつもこの言葉を使っていたのを思い出す。

太陽みたいにいつも輝いてる彼女がこの言葉を言うと、
なんだかいいなあ、といつも思っていた。

で、今は自分も使う。

だって、本当に感謝!!って思うことだらけなんだもん。
だからここでも、この場を借りて、、

宇宙に、大地に、命に、そしてみんなに、、
本当に本当に、感謝です!!!!

教えること・挨拶をすること

うーはどうやら、教えることが好きみたいだ。
素敵!!と思うことを他のみんなにも教えられること、
そしてシェア出来ることが、なんだか嬉しい。
そして、楽しい。

今で言えば、HULAであり、星空であり、あとはそうだなあ、、
あ、お遍路のこととか??(笑)

今日はコザのレッスンで、レッスンの前にみんなにお話ししました。
「ALOHA」という言葉について。

「ALOHA」は、愛であり、思いやりであり、親切であり、慈悲であり、
尊ぶことであり、そして、「こんにちは」や「さようなら」、
「よろしくね」などの挨拶の言葉である。

他にも、調和だったり、謙虚さだったり、忍耐だったり、
息を合わせることだったり、色んな意味があるんだけど、
ひっくるめて「ALOHA」。

よくアロハスピリットって聞くけど、
一言では言い切れないほど奥が深い。

で、なんでそんな話をしたかというと、
今日たまたま友達から聞いたアイヌの挨拶と言うのが
とても素敵だったから。

『イランカラプテー
アイヌの挨拶
あなたの心に、そっと触れさせて頂きます 』

と言うもの。
ただの挨拶なのに、こんなに深い思いで言える。
すごいなあと思った。

「挨拶は大事」と言うのは、うーのフラの師匠も、いつも言っている。

そして、「ALOHA」の意味というのを思い出したのだ。
みんなに教えてあげなきゃ!!って思って、急いで
レッスンに行く直前に、紙に筆ペンで書きなぐった「ALOHA」。
そして、本当に挨拶一つでその場の空気も変わるのだ。

プラス 笑顔ね。

今、うーはHULAを教えるのが楽しいし、そして
うー自身も、もっともっと挨拶を大切にしようと思った。
今夜はそんな日でした。

ポーサムライ、素敵な言葉をありがとうね。

Mahalo nui.

2008年9月11日木曜日

ねんねんころりん


すやすやと眠る その姿は
とてもとても 愛おしい

そっと 小さな手を握る

ぎゅっと 小さな指が動く

ただそれだけで
とても 幸せだと思う

ねんねんころりん
かわいい子

ねんねんころりん
大好きよ

2008年9月9日火曜日

九月の雨

夜が更けて 雨が降った
たくさんたくさん 降った
悲しみも 痛みも もう何もかも
全部 洗い流してくれそうなほど

九月の雨は 優しくて 激しい

雨がやめば 空を仰ぐ
星はまだ 見えない
だけど 何かが 見える
言葉に ならない

じっとりと 額を流れる汗
子供の寝息が聞こえる
雨上がりを喜ぶ 虫達の声
きっと 明日は晴れるだろう

九月の雨が 記憶を呼び戻す

全てがひっくり返った あの空の下
ただ苦しいだけの あの日々のこと

ただ 生きていることしか 出来なかった

九月の雨は 全てを 終わらせて

九月の雨は 命を くれた

カイクンの歯

最近、カイクンより一ヶ月早く生まれた
南部仲間の時くんが、歯が生えてきたらしい。

そういえば、もう少ししたら離乳食の準備なんだなあ、と
未開拓の世界のことをかんがえたりしつつ、
でも、歯が生えると、おっぱいあげるときに噛まれて痛い!!
との諸先輩方の話を聞いているから、
「カイクンは、歯はゆっくりでいいんだよおー。」
などと説得したりしていた。

し、しかし、、
この下の歯茎の白いポツは、、、、。
そういえば、最近やたらに機嫌が悪くなる。
抱いていないとすごくぐずる。

も、もしや、、歯??!

とりあえず様子を見ることにした。
けど、三ヶ月で寝返り、三ヶ月半で月経再開、という
このスピード親子。
きっと、これも歯なんだろう、、。

一体なにをそんなに行き急ぐのか??!

誰か、歯が生えてきてもおっぱい痛くならないような方法
知ってる人いたら教えてー!!!!

2008年9月8日月曜日

夜更け

久しぶりに、腕がしびれた。

掌を見つめる癖は、まだ変わらない。
掌を見つめては、自分を確認する。

ここに居ることを。
ここに生きてることを。

最後に涙を流したのはいつだろう、
と考えた。
でも、分からなかった。

胸が苦しくなるのはなぜだろう、
と考えた。
それも、分からなかった。

時々、自分がなぜここに居るのか
分からなくなる。

とりあえず生きてるからいいか、
と、いつも考えることをやめてしまう。

なにか大事なことを忘れてる気がする。
でも、それもやっぱり分からなかった。

とりあえず、涙は止まった。

優しい友達


優しい友達がいる。
泣けてくるほど優しくて、
自分が抑えられなくなりそうになる。

今日も、涙を流した。

2008年9月7日日曜日

塩崎祭

沖縄南部、糸満で塩崎祭とやらが開催された。
最近始まったお祭りらしいけど、これが何気に大盛り上がり。
出店こそは少ないけど、出演者の多いこと!!
なんせ、3つのブースで16時から21時まで行われてるんだから。
もう、あっちこっちから、太鼓の音やら、ギターの音やら、
そして、また人の多いこと!!

うーは、スタジオ123糸満校からの初塩崎祭。
スタジオ123を紹介してくれた張本人のえっちゃん先生も一緒。
私たちのブースはちょうど真ん中で、
右手にはバンドなどが演奏するブース、
左手にはエイサーばかりが出るブースがあり、
両サイドから音が聞こえてくる。

それでも楽しく出番を終え、カイクンも良い子だったので、◎。
右手のバンドブースにはまったく足を運ばなかったけど、
エイサーブースでは、◯◯青年会と名のつく各地のエイサー隊が
これでもか!!と言わんばかりに、ぞくぞく出てくる。
途中、棒術や沖縄獅子舞なども出たり、なかなか楽しい。
子供だけのチームもいたりして、これがまたかわいい。
(いや、かっこいいんだけどね。でもかわいいの。)

一方、私たちのブースでは、ヒップホップダンスがあったり、
別のフラハラウ(フラの教室)が出たりしつつ、帰る間際に見た
「舞心幻心」という創作の太鼓チームに一目惚れしそうになったりで
こちらもかなり楽しめました。

念願の『かき氷(ブルーハワイ)で舌を青くする』
という目的も達し、けっこう満足。
いやあ、やっぱり祭っていいなあ。
きっと今頃、地元葉山でも森戸のお祭りが行われていることでしょう。

みんな、祭は楽しんだもん勝ちだぞ!!!!

ちなみに、糸満では来週も大綱引きと道ジュネー(パレード)があります。
VIVA!!糸満!!

スタジオ123・コザ本校

今月からスタジオ123(ワンツースリー)コザ本校にて、
HULAの教室がスタートしました。
5名スタートで、ゆっくりな感じです。

レッスンの間、カイクンを預かっててくれているのは、
毎度のことながら本当お世話になっている亀谷家。
行きに一時間半、レッスンも一時間半、そして帰りにまた一時間半。
合計、約4時間半も!!(きゃー!!)
いつもいつも、本当ーに感謝してもしきれないです。
亀ちゃん、あすかちゃん、本当にありがとう!!!!

そんなこんなで、始まったレッスン。
まずはOLI(ハワイ語のお祈り)から始まり、
筋トレ、ストレッチ、ベーシックステップなどなど、、。
初心者も経験者もみんな一緒に、一からのスタート。
ヘタッピーでも、ぜんぜん出来なくても、とりあえず最初は
楽しく学んで、楽しく踊れれば良い。

少しづつ、少しづつ、、なんくるないさあ、って感じで。(笑)

本当はこのスタジオ、糸満校でも募集中なんだけど、
糸満はけっこうのんびり待たないと生徒さんが集まらない。
で、とりあえず、今週末には「塩崎祭」、来週末は「糸満大綱引き」で
ちょっとでもPRできたら良いなあ、、と。

そしてそして、引き続き、今度は9/24(水)には、
南風原カルチャーセンターでもHULA。

なんだか、気付いたらすごいことになっているぞ、私。
でもとにかく、カイクンが保育園に入れるようになるまでは
なんとかがんばらなくちゃ!!
そして、入園したら、もっと稼ぐぞお!!(笑)

と、母、がんばります。☆

2008年8月30日土曜日

ご無沙汰してます。

パソコンが壊れて早2ヶ月。(泣)
ようやく新しいPCをゲットしましたー。
これでまたBlog再開できます。

またゆっくり、「いさなすみれ」続けさせていただきますね!

みなさん、これからもよろしくです。☆

mahalo nui loa.

2008年8月24日日曜日

百日記念祝い



カイクン、めでたく百日も過ぎ、ますます
すくすく元気に育っております。
これもひとえに皆様のおかげ!!
本当に本当に、ありがとうございます!!!!

さて、そんなこんなでやりました!!
「コンニチワ赤ちゃん2008☆」
五人の赤ちゃん百日記念お祝いパーティーです!!

奥から、4月8日生まれ「時(とき)」くんと、ママのノリ。
次に、4月4日生まれ「央鎮(あんじん)」くんと、ママのあけみちゃん。
そして、5月13日生まれ「和織(いのり)」ちゃんと、ママのゆりちゃん。
5月11日生まれ「颯来(そら)」くんと、ママのえみちゃん。
最後が一番手前、我らが「海音介(かいのすけ)」と、私うーです。

お食い初めではシュクランさんに美味しくて体にいいご飯を作ってもらい、
ハルちゃんの透き通る歌声とウクレレ、ノリの太鼓でママ&キッズフラ。
そして、神戸から駆けつけてくれたシンガーSAKURAちゃんのライブに、
締めは、生の星空を見上げながらの、影絵でプラネタリウム。

いやー、最高でした!!!!
本当に良いパーティーだった!!!!

いろいろしてくれたみんな(亀ちゃん、あすかちゃん始め、さくちゃん、
パラダイスカフェさん、シュクランさん、ハルちゃん、ノリ、岳さん、
フラのみんな、あー、もう言い切れないほど本当にお世話になった
たくさんの方々!!)本当に本当に!!ありがとう!!!!

そして、赤ちゃん達、本当に本当に!!おめでとう!!!!
これからも、たくさん愛されて、たくさん遊んで、
元気にたくましく育ってください。

MAHALO NUI LOA☆☆☆☆

2008年8月15日金曜日

ごろごろ


ぐるん ごろん ごろごろ ぱたん

海音介の寝返りがどんどんはげしくなってくる、今日このごろ。

そうなんです。カイクンまだ3ヶ月なのに、まだチビ助なのに、
もう寝返り、、、。早すぎる、、。(汗)
本当活発な子だわー。

で、最近はごろごろしてないと機嫌が悪くなったり、
うつぶせじゃなきゃ寝なかったり、な子になってます。

今はもっぱら背筋を鍛えまくっているらしく、
いつも腕をにょーんとつっぱって顔をあげてこちらを見つめています。
この分じゃ、ハイハイも早そう、、。

うん、かわいいよ。かわいいんだけどね、、。
どうしましょ??こわいわー。

2008年8月1日金曜日

ヒルズ最上階のダンサー


ヒルズ最上階に住むフラダンサー。
はい。それは私です。
、、なんてね。

短いようで長かった、産後三ヵ月に渡る居候生活に別れを告げ、
新たにカイクンと二人の生活を始める事になりました。
これも一重に皆様のおかげです!!
いつも本当ーに!!ありがとうございます!!

夢のカイクンと二人暮らしの新居ですが、場所は八重瀬町玻名城。
位置的には前とあまり変わりませんが、高さ的にはだいぶ変わりました。
それもそのはず。ここは六階建てのアパート。
六本木ヒルズならぬ、八重瀬ヒルズの最上階なのです!!

うんうん。六より八の方が末広がりで縁起もいいしね。
ハワイでも8って良い数字だしね。
今や六本木ヒルズではなく、八重瀬ヒルズがきてるって感じよね。
(私の中でだけ)

そんな訳で、うー&カイクン、引越ししました。
そしてこれからは、沖縄でもフラダンサーとして、がんばります!!
カイクン、ママがんばるからねっ!!!!
先ずは、雇われインストラクターから。
みなさん、どうぞよろしくね。

mahalo nui.

2008年7月19日土曜日

南部ママさんズ

海くんが生まれてから、南部に移って来た、うー。
車のない妊婦が働くには、仕事のある那覇にいなければならなかったけど
今は、海くんが保育園に入れるようになるまでは、
海くんに付きっきりだからどこにいても同じ、
と思って、より自然が多い方を選んだ。
仕事復帰もままならないのに、親切に居候させてくれてる
職場のオーナーのおかげ。本当に感謝です。

でも、南部に来て良かったことは自然が多い事だけじゃない。
南部には、最強の先輩ママさんズがたくさん居るのだ。
篭るのが苦手なうーは、そんな訳でしょっちゅう
南部ママさんズの居るマルミネマンションに出入りしている。
気になることはなんでも南部ママさんズに聞く。
一ヶ月違いで生まれた時くんも居る。
(よく海くんと並べて遊んでいる。(笑)
幼稚園、保育園のチビッコお兄ちゃんお姉ちゃんズもたくさん居る。
そして、もちろん南部パパさんズも居る。
なんでも器用にこなす熱い男達のパパさんズは、本当頼もしい!!
気付けばしょっちゅう誰かの家でご飯をご馳走になったりしているし、
どさくさにまぎれて、そのまま泊まってるし。
車のないうーに、車を貸してくれたりもするし。

とにかく、本当に本当ーに、大感謝なのです!!!!

南部ママさんズのいない南部生活は、もはや有り得ない。
ってか、うー、もう那覇に戻れませーん。
このまま南部で生活してたいっす!!
誰か南部で仕事ちょーだい!!(笑)

2008年6月20日金曜日

海の音

海の音に抱かれて
優しい風に吹かれて
柔らかな緑に囲まれて
この小さな島で育っていく

大切な命がそこにある
守りたい笑顔がそこにある
いつまでも健やかであれ

海で遊ぶんだ
緑が友達だ
真っ白い太陽の光
広がるのは高く青い空

急がなくていい
ゆっくりでいいよ
いつかこの海の向こう
広い世界へ漕ぎ出すんだ

かわいい私のベイビー
愛してる 心から

大切な私のベイビー
ありがとう 心から

私のところに来てくれて
本当に 本当に
ありがとう

いつまでも健やかであれ

いつまでも幸せであれ

2008年6月19日木曜日

暑い。

そう。沖縄はもう夏まっさかり。
毎日のように照りつける強い陽射し。
海くんとお揃いで、久しぶりのあせももできた。
朝と夕と、蝉は鳴き、草は生い茂る。

あー、海に入りたい。
海くん連れてはまだ無理か、、。

あー、扇風機と除湿機が欲しい。
只今、金欠中。(泣)

海くーん!!
涼みにデパートでも行くかー?!

2008年6月14日土曜日

一ヶ月


あっという間に産後一ヶ月が経った。
うーん、早い、、。
出産一ヶ月前、予定日を5/20に控えつつ、
よく動き、踊り、歌ったなあ、と思う。

実は出産前、4/30に一度、陣痛みたいのが来ていたのだけど、
5/4に産前最後のイベント、「自然体」を控えていたうーは、
“まだー!!せめて「自然体」が終わるまで待ってー!!“ と、
お腹の赤ちゃんに言い聞かせていた。

結局その日は治まり、そして本当に「自然体」が終わった翌日に
“待ってました!!“とばかり、再度陣痛が来たのだから、すごい。
よっぽど早く出てきたかったんだねえ、海くん。
ちゃんとイベント終わるまで待っててくれて、エライエライ!!(笑)

さて、一ヶ月検診も無事終わり、うーも海くんも順調。
海くんは現在、4kg。
あせもがひどいけど、すこぶる元気!!
うーは、お医者様の了解も得たので、
早速少しずつフラレッスンも再開しました。

んが、体中の筋肉が鈍りまくっていて、やばすぎる!!
これから頑張って鍛え直しまっす!!!!
南部ママさんズ仲間のふみちゃんのヨガレッスンにも通おうかしら??

そんなこんなの一ヶ月。
プチお宮参りもしたし、海神祭ハーリー(サバニのレース)も見たし、
南部ママさんズには本当よくしてもらっていて、今は穏やかな生活です。
妊娠してから今までで、今が一番幸せかも。(笑)
本当、感謝です。☆☆☆☆

さて、これからまた独り立ちに向けて頑張らねばっ!!!!

2008年6月1日日曜日

胎盤クッキング

そもそも動物は、赤ちゃんを産むと、
ママは赤ちゃんと一緒に出てきた卵膜や胎盤を食べる。
胎盤にはものすごい栄養があって、産後の弱った体にとても良いらしい。
最近では、産後すぐに、胎盤を刺身のように醤油で食べさす病院などもあるとか、、。

と、言うわけで私も、もらってきた胎盤(前の日記を参照)をいよいよ食す時が来た。
南部の仲間達の間では、すでに胎盤クッキングは当たり前。
しかし、うーには初めての試み。どうやって料理すればいいの、これ??
、、、、。

ってな感じで、結局、南部仲間の胎盤料理長、亀ちゃんに全てを託す。
聞けば、今までの胎盤(子沢山な南部チーム)は、
煮込み、カレー、餃子などに変身したらしい。
何にしようねえ、、と相談するも、うーの胎盤はちょっと小さめ。
結局、最終的には唐揚げに姿を変えた。

ドキドキしながら、パクリ、、、。
うん。レバーみたい。レバーの唐揚げって感じで、なかなか美味しいじゃないか。
もともと自分の体の一部だったものを食べて、
美味しい!!ってのもなかなかホラーな話だけど、
でもまあ、これで少しはパワー補充できたかしら??とも思う。

胎盤料理、、。
赤ちゃん産まなきゃ食べれないので、
みなさんも機会があれば是非!!!!

美味しく調理してくれた亀ちゃん、本当にありがとう!!

2008年5月22日木曜日

つだめ、どぅーだめ。


「つだめ、どぅーだめ。」

隣近所のおばあが教えてくれた言葉。
沖縄の方言で、「人の為は、自分の為。」
と言う意味だそうです。

「誰にでも親切にしなさい。人の為に何でもしなさい。
巡り巡って、全部いつか自分に帰ってくるからね。」

と、おばあはおすそ分けのピーマンが入ったビニール袋を片手に
玄関先で力説していた。
まさしく沖縄の人の心だなあ、、と、改めて思った。

この心に支えられ、助けられて、
今日も、うーと海くんは元気に生きているのです。

感謝!!!!

2008年5月20日火曜日

そして出産!!

5/6、GW最後の陽が落ちる頃、うーは一人暴れていた。
不運にも、その日担当だった、若く美人の助産師さんには、感謝してもしきれない。
看護士さんもそうだけど、彼等はなんであんなに素晴らしいんだ!!有り得ない!!
うーには絶対無理な職業だと、いつも思う。本当、頭が下がります。

さて、その彼女に、どうにもならない悲痛な叫びを浴びせ、腕を掴み、
騒ぎまくっていた私ですが、、やはりプロは違う。
陣痛の間、もう出せるものは何もないのに吐き続けていた私に
「お産が進んでる証拠ですよ。」と救いの言葉をかけてくれ、
「痛い、痛い」と暴れる私の腰や足の付け根を押して擦ってくれ、
しかも夜だから、ずっと彼女一人で対応。

それなのに私ったら、こうしましょう、ああしましょうと言ってくれる彼女に
「無理ぃ!!」と言い、しかも終盤に差し掛かると、まだだって言ってるのに、
「早く(分娩台に)行きたい!!」とわがままを言い、
分娩台の準備してくるから待っててと言われても、「無理ぃ!!」。
仕舞いには、「ウ○コしたいー!!」(←イキみたいー!!の間違い。)を連呼。
はあー、情けない、、。でもね、本人、必死なの。
そして、そこに理性はないの。だから許してー!!!!(涙)

そんなこんなで、ようやく分娩台へ。
ここで助産婦さんと先生が新たに登場。ちょっと安心。
だって、最後まで彼女一人じゃ、あまりにも酷じゃない??
で、ようやくイキむ事が許され、言われるがままに訳もわからず
踏ん張ったり呼吸したり、 もうとにかく「早く出しちゃいたいー!!」って感じ。
そして、入口が狭いらしく、なかなか出てこないのを、先生が手伝ってくれて、
ようやくドゥルリンと暴れながら出て来た我が子。(拍手!!)

偉い!!よく頑張った!!
陣痛の間も、ずっとお腹の中で大暴れしていた、2500㌘の元気な男の子!!
分娩台に行く前が壮絶だっただけに、分娩台での事はあっと言う間に感じた私。
気付くと、またあの彼女が一人で片付けをしている。
産後のボケた頭で、この人すごいなあーと、関心してしまった。
出産ですごいのは、もはや妊婦ではなく、
助産師さんなんじゃないか、とさえ思った。
(一番えらいのは、もちろん赤ちゃんだけどねー。←親ばか)

そして産後、片付けをしている彼女への私の第一声が、「胎盤欲しいんですけど。」
だったのも、本当どこまでわがままなんだか。(汗)
嫌な顔ひとつせず、そのままいろいろしてくれた彼女。
きっと、うーは一生忘れないだろう。
下手したら、息子に「この人が産んだのよ。」くらい言ってしまいそうだ。

何から何まで想定外だった、この出産。
この後も、ひどい腹痛に「後陣痛なんて聞いてない!!」などもありつつ、
でもまあ、とにかく今は、我が子を腕に抱いていられれば、
ただ、それだけで幸せなのでした。

病院に連れて行ってくれた後も、ずっと気にかけて行き来したり、
ポカリやチョコを買ってきてくれたりしてくれた職場のオーナーと、妹さん親子。
そして、わざわざ駆け付けてくれて、涙してくれた友人、菊ちゃん。
何よりも素晴らしい病院のスタッフのみなさんに、本当に本当に感謝です!!

そして、我が息子に、、HAPPY BIRTHDAY!!!!
あなたがいてくれるだけで、全てがHAPPYに見える不思議。
しばらくは凹んだお腹が寂しいなあ、、と思わずにはいられないだろう。

陣痛が来た日。

妊婦生活最後のイベント「自然体」も終わり、
翌日は、那覇ハーリー最終日の、5/5、子供の日。
朝から緩やかな波のある腹痛が続く。
昨日の疲れもあるし、ちょっとお腹下し気味だったのもあり
ただの腹痛と高をくくって午前を過ごす。

しかし、妙だ、、やけに治らない。やけに波が早い。
もしや、、??と思い、病院に連絡。
「もしかしたら陣痛の始まりかもしれませんから、
あまりひどいようなら来て下さい。」との事。
慌てて職場に連絡を入れて、お休みにしてもらい、
痛みを我慢して、慌てて部屋を片付けはじめる。

まだお印もないのにぃー!!と、半信半疑ながら、
やはり心配で友人や母親に電話して聞きまくると、 母いわく
「そんなの私もなかったわよ。 陣痛だって何分置きとか、
本に書いてあるのなんか全然あてにならないんだから。」え??
「じゃ、破水とかも??」 「そんなの産む瞬間までなかったわよー。」
、、。(汗)

し、知らなかった。うー、危うく惑わされるとこだった。
しかも、母も私同様、長女出産の時は、陣痛が始まった時、
たまたまその日、生まれて初めて食べたキムチが合わなくて
お腹が痛くなったもんだと勘違いしていたらしい。
この親子って一体、、。

結局、職場のオーナーが心配して迎えに来てくれて、
とりあえず一度病院へ。
しかし、陣痛は6分置きだけど、痛みも浅いし、 子宮の入口も柔らかいけど
まだ開いてないから、、 と、家に戻される。

しょうがないので、まだ間に合う!!と思い、
痛みを堪えて再び部屋を片付け、運べる物を運び出し、
急遽オーナー宅へお引越し。
元々、来週引越す予定だったので、やり残しがたくさん!!
きゃー!!どーしよー!!とか言いながら、陣痛の時間を計る。
これが良いペースで常に6分間隔をキープ。
縮まりもしなければ、開きもしない。
とりあえず、パワーつけなきゃ!!と、 オーナーに定食をご馳走してもらい
もう一度赤ちゃんグッズの確認などをしてスタンバイOK。

痛みが4分間隔になってきた頃、どうしても心配で、また再び病院へ。
先生に「まだまだー。」と言われつつも、
一人もんの妊婦と言う事もあり、そのまま入院。
痛みの間隔が早過ぎて、これじゃ寝れないでしょ??と、
痛み止めの筋肉注射を打ってもらうことになるのだが、これが誤算。
注射が合わず、目眩と嘔吐の嵐がやってきて、
余計寝れなくなったうえに、急激に体力消耗。
だんだん、何が痛いのかさえ分からなくなってきて、ぐったり。
そして、それを境に、陣痛の間隔もばらつき始め、
翌日の昼間はずっと、来たり来なかったり、
大波だったり小波だったりの、ぐだぐだ陣痛。

しかし、やはりそれは確実に近付いて来ていて、だんだん痛みは増してくる。
相変わらず吐き気も止まらず、ご飯も食べれずで、
よけい体力もなくなってきた夕方頃。
声、出しても出さなくても、結局同じ痛みなら、もう出してしまえ!!
と、騒ぎ始める。(笑)
まるで外国の映画の如く、痛みに耐えるべく(??)叫びまくる。
病院中に響き渡っただろうなあ、、。 きっとうるさかったであろう。
病院のみなさん、本当ごめんなさい。

さて、本格的な陣痛の痛み。
これを一言で言えと言われたら、私は間違いなくこう答える。
「いっそのこと殺してくれ!!」
普段、どんな痛みであろうと、「死にたい!!」とまでは思わないのだが、
もはや「死にたい!!」を通り越し、「殺してくれ!!」と言うのが
正しいように思う、そんな痛み。
いつか終わるとわかっていても、赤ちゃんのため、とわかっていても、
そんな理性はまったく役に立たず。
「明けない夜はない。」などの名言も、やはりまったくの無意味。
とにかく、出産時には側にピストルを置いてはいけない、とだけ言える。

陣痛、それは地球最強の拷問だ。
「生命の神秘」なんて綺麗ごとは、私は口が裂けても言えないだろう。
女は偉い!!と、信じ続けて妊婦してきたけど、
思わず撤回したくなった瞬間でした。

つづく、、

海音介-kainosuke-


遅ばせながら、ご報告です。

2008年5月6日火曜日、午後9時31分。
予定より二週間早く、元気な男の子が生まれました!!!!
名前を、海音介(カイノスケ)と言います。

応援してくださった皆さん、本当に本当にありがとうございました!!
これからも、母子共によろしくお願いします。

Mahalo Nui Loa☆☆☆☆

2008年5月3日土曜日

臨月


いよいよ臨月。
明後日は、新月。
赤ちゃんは、今日も元気に動いている。

いいかげん重たすぎる出っ張ったお腹と、
それに比例して、膨らんでくる心配事。
産後、しばらくは職場のオーナーの好意で
オーナー宅に居させてもらえることにはなったものの、
産後のめどがまったく立たない。

ベビーグッズは、なんとか貰い物でまかなうとして、
でも、しばらく働くことも出来ないわけで、
相変わらず、経済面での心配は尽きない。
考えれば考えるほど、不安になってしまう。
考えてもどうにもならないんだけどね。

もともとノーテンキなので、追い詰められないと
不安にならないのか、、今更、いろいろ心配になってきて
ストレスのせいか、最近、よく眠れない。
本当、良くないなあ、、。

生まれてくる前から、この子には
迷惑ばかりかけてしまっている気がする。
胎教に良い事も、大してしてあげれていないし、、。
本当、ごめんね。

まずは、とにかく第一の関門、陣痛、出産に向けて
気合い入れなきゃだー。
がんばります!!!!

2008年4月28日月曜日

福の木まつり


昨日、今日と、南部、具志頭の福の木まつりに参加。
私の職場のオーナーが毎年やっている、ちむチャイバザーを
パラダイスカフェ・虹亀商店でやらせてもらえないか、、
というのが、始まりだった、このイベント。
いやー、楽しかった。

うーは、六ヶ所村のポストカードと一緒に、
自分が好きな物を、と思って、タピオカミルクティーと
きなこクッキーを出店してみました。
買ってくれたみんな、ありがとー!!

二日目だった今日は、Liveもあり、
うーも、ハルちゃん、サムくん、ユキちゃんの演奏で、
妊婦生活最後のHULA。
Star of gladnessのHULAレッスンなども少し入れてみたり、
良いお天気の中で、気持ちの良い庭で、青空の下で、
思う存分、踊ってきましたー。

妊婦仲間や、先輩ママさんもたくさんの南部は、
やっぱり良いです。
大変なこともたくさんあるだろうし、
心配事もまだまだ尽きない、シングルママだけど、
やっぱ産後の生活も楽しみだわー。

南部に呼んでくれた、職場のオーナーに
本当、BIG MAHALO!!!!です。

福の木まつりをやらせてくれた、為福さん。
虹亀の亀ちゃん、あすかちゃん。
パラダイスカフェの全ちゃん、りさちゃん。
ちむチャイバザー主催の、たわしさん、中澤さん。
いつもHULAの演奏、唄をしてくれる、
ハルちゃん、サムくん、ユキちゃん。

みんなみんな、本当ーに、ありがとー!!!!

2008年4月24日木曜日

明日と思い出

どうしても明日が見えない時は
ココロをからっぽにして うたをうたおう
見上げれば 降りそそぐ星明り
ほら もうすぐ泣きつかれて 眠ってしまうから

大事にしてたお守りをなくして
泣きながら 雨の中 さがしてた
さむさにふるえて うずくまってみたけど
冷たいコンクリートが 笑っただけ

愛したものを憎むことなんてできなくて
今も一人 夢を見ている
たくさんすぎて もうおぼえきれないほど
毎晩見る夢は 私を悩ます

だから また 分からなくなった時は
何も考えずに うたをうたおう
目を閉じれば 聞こえる鼓動
ほら もうすぐ泣き疲れて 眠ってしまうから

思い出せなくなる 笑顔もあるよ
それも また 思い出なんだよ
自分が分からなくなったら
一人 この鼓動に耳をすませればいい

2007.11.21

静かな星空の下で祈る

またたくまに 夜が広がって
また風が吹き 私を冷やす
静かな四角い部屋の中で
ふと気付くと また分からなくなる

どうして ここに居るんだろう
どうして 一人で居るんだろう

1日は長く そして短い
ふりかえれば 時間はあっという間で
過ぎてしまったものは 跡かたもなく
また一人で 立ち止まってしまう

そうだよ ここが私の家だよ
そうだよ 本当は一人じゃないよ

強くなろうと 胸をはるけど
その胸はもう傷だらけで
ふくらんでくる命の早さに
ただ ただ とまどうだけだった

またたくまに 時は過ぎて
温かな夏の思い出は夢のかなたへ
静かな星空の下で祈る
どうか強く 幸せに と、、、

2007.12.07

2008年4月13日日曜日

六ヶ所通信No.4を見て。

以前、「エコバッグのロゴ」と言うタイトルで日記を書いたのだが、
内容は六ヶ所村についての事だった。
昨日も「報道ステーション」で特集されていた、
核燃料再処理工場の本格稼動について、、。

最近になって、ようやく騒がれるようになってきた。
そんな中、今日は豊見城にある「市松屋」にて、
六ヶ所通信No.4の上映会があった。

うーが「六ヶ所村ラプソディー」を初めて見てから、なんだか
もうずいぶん経った気がする。
いろんな活動があって、いろんな繋がりが出来て、
今日は久々に、六ヶ所の映像を再見することができた。
(本当は、昨日の「報道ステーション」でも見たけど、、。)

六ヶ所通信No.4では、懐かしいWAVEMENTのみんなや、
正木さんなども出ていて、うーは六ヶ所の問題とは関係なく
ちょっとホームシックになってしまいそうになりつつも、
再度、今の現状を再確認し、自分に何が出来るのか
もう一度、考えてみたりもした。
今また、もう一度、六ヶ所を訪ねてみたい、とも思った。

以前、六ヶ所を訪ねたのは去年の9月。
すでにうーのお腹の中には、赤ちゃんがいた。
妊娠が分かって間もない時だった。

もちろん躊躇はした。
つわりもあったし、この子に何かあったら、、とかも考えた。
でも、いろいろ考えた結果、このチャンスに行かなければ、
ちゃんと自分の目で見なければ、と、腹をくくって
新幹線に乗ったのだった。

今でも、自分は無知だと思う。
何も言えない時がある。
大きな声で「反対!!」と、言えなかったりする。
うーが作ったものではないし、放射能なんて もちろん、
誰だって浴びたくはない。
けど、みんな毎日電気を使っている。
今のためにがんばってくれた昔の人達がいる。
そう思うと、やはり考え込んでしまう。

先を見れば分かるだろう??と、みんなは言う。
もちろん、そうだよ。うーだって、地球を守りたいよ。
でも、、偽善にはなれないよ。

放射能だけじゃない。
車を走らせることも、ゴミを出すことも、水を使うことも、
クーラーを使うことも、全部、全部、一緒じゃないか。
電気だけが、そうじゃない。

他のやり方を考えるべきだと、みんな言う。
うーも、もちろんそう思う。
でも、じゃあ、まず自分の生活を 変えるべきでは??
とも思ってしまう。

胸を張って、自分に出来ることはしていると言いたいし、その上で
これからも 六ヶ所の問題に取り組んでゆけたら、と思う。

六ヶ所通信を持ってきてくれた冨田さん、
上映を企画してくれたクニエ、今日は本当に、ありがとう。

Mahalo nui loa.

2008年4月11日金曜日

海の命、大地の子供

星の上で生きている
私は子供
この中で生きている
私の子供

緑がゆれる 海の青は深く
まだ飛び立てない小さな小鳥

雨が降れば 虹が見える
泣いた跡が胸にしみる

大地に立つのは
子供の私
生まれ落ちるのは
私の子供

波の音と 三日月の夜
星が輝けば明かりはいらない

風が吹いて こごえた素肌
愛しく抱き寄せた私の命

大地で引き裂かれた絆は
海へと返してあげましょう

また海から生まれる命
喉を潤すのは雨

そして大地で生き続ける

2008.04.10

2008年4月6日日曜日

海楽


本島南部で毎年行われるイベント、海楽。
6年前に、主催の「浜辺の茶屋」で働いていた時ぶり、
本当に久しぶりに行ってみました。
お目当ては、お友達のNUUちゃんと、
朝崎郁恵さんの奄美の島唄。

足がなくて、なかなか遠出できないうーは、今回は
前日から、南部に住んでいるお友達の家にお泊り。
とっても良い環境、とっても良いロケーションで、
やんちゃなKIDS達にかなり和まされつつ、
妊婦、暑さでボケボケのまま、海楽へ、、。

沖縄の、遠浅のビーチに作られた特設ステージ。
(満潮になると、ステージが海の上になる。)
たくさんの可愛らしい、美味しそうな出店。
そして、懐かしい顔、顔、顔、、。

ポンポコお腹のうーに、「帰ってきてたのー??」と、
再会の喜びを、あちらこちらでお喋りしまくり、
お目当てのNUUちゃんとも、再会のHug、Hug。
で、嬉しいついで(??)に、
急遽、NUUちゃんのLiveで踊ることに、、。

NUUちゃんのLiveで最後に踊ったのは、もう何年前か。
NUUちゃんのオリジナル、「あかり」と言う曲に、
うーが振りをつけてHULAを踊るのだ。
久々だし、お腹ポンポコだし、ちょっと自信ないけど、
NUUちゃんのため、うー、今日も一肌脱ぎましたっ!!
とっても、気持ちよくて、楽しかったよぉ。
NUUちゃんに感謝です。

朝崎さんの島唄は、夕暮れ時に最高で、
日本人なうーは、やっぱりこのちょっと日本よりな
南国の調べが、本当、心地良かった。
んー。胎教にも良さそうだ、、。

しかし、一日中そんなだったので、今日は
日に焼けたし、足はパンパンだし、で、
そろそろ妊婦、ギブアップ。
帰りは、また別のお友達に車に乗せてもらい、
無事、那覇に戻ってきました。

本当、うーって、いつも お友達に支えられて生きているわ。
みんな、みんな、本当にありがとうねっ!!!!

さて、、今日は、新月。帰り道の星空、とても綺麗でした。

2008年4月2日水曜日

星を読む。

ホクレア号、カマクラ号、海人丸。
海の男達が私達に教えてくれた、
星を読んで航海する技術、スターナビゲーション。
空を見上げるだけで、星を読むなんて、、と、思うかもしれない。
でも、現代人の私達が唯一、毎日読んでいる星がある。

おひさまだ。

太陽も惑星、つまりは星。
一番身近で、一番分かりやすい星。
太陽が昇れば、「ああ、朝がきた。」と思う。
「あっちが東だ。」と教えてくれる。
太陽が頭のてっぺんに居れば、「もうお昼だ。」
太陽が沈めば、「もうすぐ夜が来る。」と分かる。
「あっちが西だ。」と。

これもスターナビゲーションなんじゃないか、と
さっきシャワーを浴びながら、ふと思った。

うーは、小さな時から何故か星が好きで、
よく夜空を見上げては、知ってる星座を探してた。
大きくなってもそれは変わらず、夜になると
海辺で、家に帰る途中で、ベランダで、、
必ずと言っていいほど星を探していた。

そんな時いつも、今見えているのがどの星座か
どのくらい傾いているのか、月はどこにあるのか
今夜は三日月なのか、満月なのか、、と、なぜか確認するのだ。
それでいつも、「オリオン座がこんなに傾いてる。もうこんな時間か、、。」
とか、 もしくは「オリオンが空に見える時間が短くなってきた。
もうすぐ蠍座の季節かあ、、。」とか、そんな事を思って、一人で納得する。
スターナビゲーションなんて言葉を知るもっともっと前から。
子供の頃からの私の癖。 そんな事を思い出してのことだった。

昔はもっとたくさんの人たちがそうして過ごしてきたんだろう、
星を読み、風を読み、雲を読んで、明日のことを考えたんだろう、
と、改めてしみじみしてしまった。
自然の流れ、時の流れ、命の流れをもっと身近に感じていたら、
そうし続けていたら、「今」はもっと違かったんだろうな、、と。

そして、今度生まれてくる、私の大切な子供にも、
私がいつもそうしていたように、「星巡りの唄」を歌いながら
毎晩、星座を教えてあげよう、、と、なんとなしに、そう思った。

2008年4月1日火曜日

アンティーに再会


とっても素敵な、カマクラハカ仲間のアンティーショーコさんが、
ハカのワークをしに初沖縄!!!!
いつもハカの時にしかお会いしたことなかったのに、
沖縄で寂しがっているうーの為に(??)
わざわざ来沖なんて、本当感謝です!!

で、せっかくだから沖縄を案内すべく、
昨日はレンタカーをして、北部までドライブしてきました。
目指すは、今帰仁城址と、ちゅら海水族館(海洋博)。
A&W(エーアンドダブリュ)でアメリカンファーストフードを
平らげながら、車を走らせ、いざやんばるへ。

内地では、今はちょうど桜の時期ですが、ここ沖縄の桜は
当の昔に終わっていて、本当なら桜の名所である今帰仁城址も
今や、葉桜に囲まれ、やんばるの風に吹かれていました。
「ヘイアウだねえ」「ポーハクだねえ」などと言いながら
城址を歩き回り、資料館に行けば、そこにはサバニがあり、
「きれいだねえ」「立派だねえ」と、またしみじみ。
迫り出す岩々に絡まるガジュマルの樹に見守られながら、
ちょっと一休憩して、次の目的地へ。

海洋博記念公園に着くと、すごくいいタイミングで
今からプラネタリウムで春の星座を投影、との事。
春は、北斗七星が良く見えて、
それこそホクレア(牛飼い座)が頭の上に輝く季節。
今日のワーク、「Star of gladness」最適な夜空でした。
展示室には、メラネシアやポリネシアの古代カヌーが
たくさん展示してあり、二人とも興奮!!
本当にきれいで、本当にものすごい歴史を感じました。
昔の人たちって、やっぱすごい。
現代人、しっかりして!!って感じ。(笑)
最後に、ちゅら海水族館で魚たちに囲まれゆっくりして、
いよいよ今夜のワークに向かいます。

今回は、話を聞いて、「そんな素敵なことなら是非!!」と、
スタジオを無料で貸して下さった方がいて、本当に感謝です。
十数人での初沖縄、カマクラハカワーク。
ショーコさんの素敵なお話と、力強い「E O-!!!!」に
圧倒されつつ、HULAではニコニコ楽しそうだったし
本当、みんな目が輝いていましたよ。
ショーコサンの為にレイを作ってきてくれたフラシスターもいて、
最後はショーコさんと一緒に私まで涙涙、、。
その後、スタジオを貸してくださった方の旦那様がやっている
ハワイアンカフェバーで、遅めの夕食(美味しい!!)を取りつつ
みんなで談話したりして、本当、良い一日でした!!

全ては、タイガーと、ホクレア号と、カマクラ号と、
そして何より、ショーコさんのALOHAのおかげ。
参加してくれたみんなにも、本当に本当に
BIG MAHALO!!!!です。☆

さて、今日は波の上ビーチで再びワーク。
沖縄の海に、E O-!!!!

2008年3月30日日曜日

感謝


妊婦にとって、時間というのは、
なんだかとてつもなく早く過ぎてゆく。

妊娠がわかって、ごたごたがあって、
死ぬ覚悟で家を出て、一人沖縄での生活を始めた。
そして、もう9ヶ月になる。

本当に早い、、。

お腹は重いし、腰は痛いし、足もつるし、
いつも眠い、、。
本来ならば、ゆっくりのんびりマタニティーライフを
楽しんだりしたいところだが、そうもいかない。
重たい体でまだまだ働く。
こんな妊婦を働かせてくれる職場には、本当に感謝です。

それにしても、やはりだんだん一人暮らしが辛くなってくるこの頃。
そんな私を支えてくれているのは、HULAと友人。
HULAに打ち込んでいる時は他のことなんて考えられないし、
心細い時に友人と話せるのも本当にありがたい。
だから、HULAと友人達にも、本当に感謝です。

みなさん、本当にありがとう。
うー、がんばるよ、、。

2008年3月28日金曜日

赤い目玉の蠍

ー赤い目玉の蠍 広げた鷲の翼  
青い目玉の小いぬ 光の蛇のとぐろ  
オリオンは高く歌い 露と霜とを落とす  

アンドロメダの雲は 魚の口の形  
大ぐまの足を北に 五つのばした所  
小ぐまの額の上は 星の巡りのめあて  

小ぐまの額の上は 空の巡りのめあてー

毎晩モロカイの満天の星空を見上げて
”星巡りの歌”を口ずさんでた。

落っこちてきそうなほど天の川がくっきり見える。
蠍のしっぽが天の川に絡まったまま
西へ西へ進んでく。
またオリオンを追いかけてる。

大丈夫。地球は回ってる。
潮は流れてる。
風は吹き続ける。
生きてるかぎり前に進んでゆける。

まだゴールは見えない。
道に迷ったみたい。
でも大丈夫。まだ歩ける。

それぞれの道をしっかり歩み続けようと思う。

2006.09.22

2008年3月23日日曜日

四国の道

とにかく よく歩いた
時々 うたったり
時々 おどったりした

木々の優しいささやきと
温かい日ざしと
潮の香り
波の音

川のせせらぎに
小鳥の鳴き声
やわらかな緑の山々

広く青い空に雲がうかび
夜にはたくさんの星たちが
私をてらす

それだけで良かった
それだけで幸せだった

何もなく
ただ ただ幸せだった

とにかく よく歩いて
時々 うたったり
時々 おどったりした

2006.12.06

2008年3月18日火曜日

HULAで笑う

昨日、一昨日と二日間、東京からHULAの師匠である
ちか先生がワークをしに来てくれた。

もう二度と踊れないかもしれない、と
HULAやめます、と相談までして、
泣く泣く葉山を出てから、早5ヶ月。

大好きなちか先生にまた会えた。
しかも、またレッスンを受けられる。
思わず、涙ぐんでしまった。

今回のワークは、妊婦向きではない
はげしい動きのカヒコ(古典フラ)だったけど、
赤ちゃんには「ちゃんと掴まっててよ」と言い聞かせ
久々の先生のレッスンに嬉しくて、張り切ってしまった。

HULAを始めた当初、うーは何故か
楽しくて、幸せで、難しいステップの時も、
訳分かってない時も、顔が笑ってしまっていて、
この二日間は、久々にそんな感じを思い出した。

このまま、こうしてずっと踊って、笑っていたい。
そんな風に思えることが、また幸せだし、
すばらしい私達の師匠、ちか先生に、本当に
本当に、感謝です。

そして、HULAで笑える、この時間、場所、仲間達、
またHULAを続けられることにも、、
BIG MAHALO!!!!

2008年3月15日土曜日

歌舞伎で泣く

去年の夏ぶりに、歌舞伎を見た。

うーは、知る人ぞ知る歌舞伎好き。
内地にいる時は、暇を見つけては
よく歌舞伎座に足を運んでいた。

沖縄ではもっぱら、琉球舞踊なのだが、
数ヶ月に一回くらいの割合で、
社会人のための歌舞伎鑑賞などがある。
やっぱり国立劇場が出来たからだろうか、、。
えらいぞ!!国立劇場おきなわ!!

今回の演目は、「芦屋道満大内鑑」。
通称、「葛の葉」の、一幕二場。

陰陽師で有名な、安部清明は
人間と白狐の間にできた子だ、
という説があるのは、ご存知だろうか??
その母親である、白狐というのが、
この「葛の葉」。
(本当は、葛の葉に化けた白狐なんだけどね。)

正体がばれてしまいそうになり、
泣く泣く我が子を残して森に帰っていく葛の葉。
、、泣けました。

うーが、妊婦だから、とかは関係なく、
うーはよく歌舞伎で泣く。

前に歌舞伎を見た時も、やはり
毒入り饅頭を食べた我が子が
死んでしまって、ひとり泣く、、
という勘三郎を見て、泣きました。
その前は確か、「暗闇の丑松」という演目で
あまりにも不憫なお米に、涙。

歌舞伎は、よく分からない、という人が多いけど
うーは、ぜひ、お勧めしたい。
三味線、長唄、太鼓、拍子木の音、客席からの掛け声、
どれにおいても、わくわくする。
私ってば、やっぱり日本人なんだわー。

さて、内地のみなさま。
歌舞伎座の一幕見だったら、600円から見れますので
みなさまも、是非っ!!!!

2008年3月14日金曜日

のすけ


「のすけ」と、呼んでいた友人がいた。
小学校の同級生で、同じ葉山っ子。
大人になってから、ハワイでよく遊んでいた。
大好きな親友だった。

彼は、サーファーで、ビッグウェイバーで、
自然をこよなく愛し、友達を大切にする人気者。

うーは、のすけが海に行く後ろ姿を見るのが好きだった。
「うん。うん。」と、うなずいて微笑ましくその姿を見送っていた。
「あるべき場所に、ある。」という、そんな感じ。

彼は海のことをもっといろんな人たちに知ってもらいたい、
海の楽しさ、海の怖さ、海のすばらしさを知ってもらいたい、
と、晩年よく言っていた。

自分に何か出来れば、、と、いつも考えてた。
自分にしか出来ないことは何か、、と。

最近、いろいろきっかけがあって、
よくのすけを思い出す。
何度思い出しても、のすけはうーにとって
大事な大事な友人で、
うーはきっと、一生のすけを誇りに思うのだろう。

そう思えることが、また嬉しい。
そう思う。

ニライカナイ

願いが叶うという場所を探して
願いが叶うという場所を求めて
海を渡って ここまで来たよ

光が強く まっ白な土地に
青い海と 青い空が 広がる島へ

ここは とても おだやかで
みんな ゆっくりに動いてる
はっきりと自己主張をして
でも 全てを受け入れる

輝く緑と 子供たちの笑い声
日向ぼっこしてる犬まで みんなみんな
なんだかとても 愛おしい

ニライ(願い)カナイ(叶う)の島は
いつ来ても まぶしくて
いつも私を 受け入れてくれる

大丈夫 なんとかなるよと
優しく私を 生かしてくれる
大丈夫 なんくるないさあと

2007.11.13

お勉強会

今日は、沖縄のHULA仲間達と、ハワイアンお勉強会をした。

HULAの曲は、だいたいハワイ語。
そしてハワイのことがたくさん出てくる。
HULAダンサーなのだから、やはりちゃんと
ハワイのことも知っておかなきゃね。

と、言うことで、うーが第一回主催者だったわけだけど、
まずみんなで、ハワイアンクラフトのプルメリアを作った後、
基本の、ハワイ語のアルファベットと発音から始まり、
単語、島の名前、神話に出てくる人の名前、オリ(チャント)
で、最後にHAKAまでやってしまった。

とにかく、やりたいことがたくさんありすぎて、困った。
ちょっとずつ、、と思っていても、あれも、これも、、で、
結局、時間がなくて、かなり焦りながらの進行。
みんな、ごめんね、本当。

次回は、もうちょっと欲張らないで、ちょっとずつ、
ゆっくりやりたいと思います。反省、、。

なにはともあれ、みんなでお勉強会。
ばたばたでしたけど、楽しかった。
また、来月。☆

2008年3月10日月曜日

白い沖縄


今日の沖縄は、暑かったー。
職場のお店の裏にある桜の木も、もう葉桜。
公園のツツジも咲き乱れ、春はあっという間。
もう、すぐそこに夏の気配がしています。

ところで、沖縄の陽射しは、 なぜかいつも、やたらに眩しくて、
夏でも、冬でも、それは変わらない。

色で言うとそれは、空の青でもなく、
太陽のオレンジや黄色でもなく、真っ白。
空は青いはずなのに、夕焼けは桃色のはずなのに、
ただひたすらに真っ白な光なのだ。

毎日、那覇の徒歩圏内でだけでしか
生活できない、貧乏生活のうーは、
そろそろまた、あの真っ白の光に照らされた
森の緑や、海の青が恋しくてしょうがなくなってきた。

幸福なことに、小さい頃から今までずっと、
海も山もある場所で育ってきているため
その両方がないと、どうにも落ち着かない。

こうなったらもう、いっそのこと
西表のジャングルにでも、行ってしまいたい。
そしたら、この子はターザンにしよう。
あの白い光に包まれた南の空気は、
きっと子供にも良いだろう。

また、そんなこと思いながら、
沖縄の真っ白な陽射しに誘われて、
田舎へ田舎へと、ココロは移ろいでゆく。

2008年3月6日木曜日

八ヶ月

お腹の中に子供がいる、という事。
これって、本当すごい。

最近、ぽこっとか、ぼこっとかの動きに加えて
ぐにょーんと動くようになった、お腹の赤ちゃん。
本当、エイリアンみたい。
本当、変な感じ。

お腹が大きくなってくるまでは、ただつわりが辛いだけで
体も心も、もう、本当にきつかったし、
何をどうすりゃいいの??って感じで、
この中に、いるのよねえ??って、
ただ漠然と思うだけだったけど、
お腹が出てくる頃には、つわりも治まり、胎動も感じ始める。

最初は、腸が動いてるみたいにぐるぐるって感じ。
それがだんだん、ぽこっぽこっ。
そして、ぼこん、ぼこん。
で、ぐにょーん。

どうやらこの子は、聞き分けの良い子みたいで、
今のところ、ママの言うことをちゃんと聞いてくれている。
性別が分かるように、検診の時には、
ちゃんとアソコ見せてねって言えば、ちゃんと見せてくれたし、
逆子になると大変だし、産む時に医療費もかかるから、
ちゃんと頭は下にしとくのよって言って、今のところは
常に頭が下である。

妊娠初期の、大波乱で大変だった時期も
負けじと踏ん張ってくれていたようだし、
本当、この子、えらいなあー。(親ばか??)

だから、多少暴れん坊でも、良いのです。
生まれてきてからも、まあ病気と怪我さえなきゃ
暴れん坊でぜんぜん良いのです。
がんばれ!!我が子!!

そんな私も、もう妊娠八ヶ月。
沖縄も春だし、暖かくなってきて、
ますます出産が楽しみになってくる
今日この頃でした。

2008年3月3日月曜日

親友、のすけの誕生日に

遠く星になった君は
いつまでも みんなのココロの中にいて
いつまでも まぼろしのように
あの波間に現れては 消えるんだ

時々 会いたいと思うけど
その想いも 次第にうすらいで
今では 会えないことが
どこか愛おしいんだ

また 憎まれ口が聞きたいと思うけど
こんな時 なんて言うだろうって考えれば
君の言葉が浮かんでくる
あの笑顔が浮かんでくる

遠く星になった君は
いつも みんなをはげましてくれて
いつも みんなの希望の的だった
それは今でも変わらないよ

会えなくなった 今でも
君を忘れる人なんて 1人もいない
みんな 幸せな顔で
君の話をするんだよ

2007.12.06

2008年3月2日日曜日

船の上、自分の誕生日に

私は海に行く
海の上で うたうの
海の上で おどるの

私が生まれた日
海は おだやかだっただろうか
空は 晴れていただろうか
11月の青は どこまでも

1人だと思っていたけど
そうじゃなかった
まだ 命は あった

私は海の上
太陽に てらされて
雨風に ぬらされて

満天の星と 三日月
壮大な朝焼けと 船の影
他には 何もない
この小さな鼓動以外

他には 何もない

2007.11.04

2008年3月1日土曜日

小学生の夏

沖縄で、夏が近づいてくるこの季節。
ふいに小学生の夏を思い出した。

私が小学生だったころ、今の実家ではなく、同じ葉山でも
森戸海岸のすぐ近くに住んでいた。
小さなアパートにママとお姉ちゃん達と、ぎゅうぎゅうで暮らしていた。
海まで徒歩1、2分。
アパートの前に、細くて、木が生い茂る小道があって、
夜遅くだと、子供心にはちょっと怖い道だった。

夏になるとその小道の木で、やたら大音量で鳴く蝉。
お姉ちゃんとこっそりずる休みして、過ごした森戸海岸。
道で轢かれたカマキリを、友達と一生懸命、土に帰してあげたこと。
お兄ちゃんとお姉ちゃんと、潮干狩りや釣りをして遊んだこと。
台風の後の荒れ狂う海にも、喜んで飛び込んでいた。
海の家の射的屋さん、らくやき、花火大会、盆踊り、そして夏祭り。

とにかくよく遊んだ。
そして、いつも蝉の声がしていた。
油蝉、ミンミン蝉、ツクツクホーシ、そして日暮し。

夏、というと思い出すのが、あの蝉の鳴き声と、日焼け止めのにおい。
さくら貝やシーグラスを拾い集めていた、あの夏。

子供が生まれたら、この子もそんな風に
毎日を思う存分遊ぶ、元気な小学生になるのだろう。
なぜか私が、今からそんな夏が楽しみだなあと、思うのだ。

2008年2月29日金曜日

うるう日

時々、なんで自分はここにいるんだろう??って
ふと思ってしまう時がある。

なんで、ここで一人で生活しているんだろう??
なんで、私のお腹は大きいんだろう??
何をそんなに根詰めてるんだろう??

そして、そんな時はゆとりがなくなってしまい、
いつも通り働いて、いつも通り友達に会っても、
なんだかやたらに疲れてしまって、体もつらくて、
悔しくて、帰りの夜道をひとり、涙したりする。

そんななか、今日は、四年に一度の「うるう日」。
わけもなくスペシャルな気になってしまうけど、
なんら変わらない一日には違いなくて、
それでも、大好きな友達と話しただけで、
やっぱりスペシャルな気になってしまう。

たわいもない友人との会話は、
心細い時には、いいものだ。
下らなくったって、何話したか忘れちゃったって、
やっぱり、少し元気になる。

それが「うるう日」であれば、やはり
わけもなく、スペシャルに元気になるような気になって
その為だけに、うるう日があったとしても、
きっと私は納得してしまうんだろう。

2008年2月27日水曜日

水平線


久しぶりに水平線を見た。
糸満んちゅの呉我くんが、気分転換にドライブしてくれて
喜屋武岬に行ってきたのだ。

いやー、やっぱり水平線はいい!!
ものすごく落ち着きました。

実は、子供が生まれてしばらくは大変だからって事で、
職場のオーナーが家においでって言ってくれていて、
そのオーナーのお家が、やはり南部。
海と緑と青空!!!!

やっぱ、田舎が良いです。
子供と、、と、なると、ますます田舎が良いです。

久しぶりの広い緑、海の青、雲間に見える陽射し、
打ち付ける波、サトウキビ、馬や牛、そしてこじんまりとした町並み。
これです。うーの住みたい沖縄は。☆

と、言うわけで、お言葉に甘えて、田舎につられて、
たぶん、うー、出産後は南部に行きますっ!!
待ってろよっ!!水平線っ!!

2008年2月25日月曜日

タイガーとカマクラ号


ハワイの古代式伝統カヌー「ホクレア号」は、去年日本にも来た事で有名ですよね。
そのホクレア号の初代クルーであり、ハワイの伝説的サーファーでもあり、
ハワイの古代式伝統カヌーのビルダーでもあった、タイガー・エスペリについて。

タイガーは、1996年から日本にも滞在し、鎌倉でハワイ文化を教え、
「古代日本人とネイティブハワイアンとの先祖伝来の結びつき」を証明しようと
日本ハワイアンカヌー協会 (The Japan Hawaiian Canoe Association(JHCA))を
設立し、2つの文化を再び結びつけるために、航海カヌーを建造 しようと
計画していました。

「航海カヌーは前向きな生き方を教えてくれる。島に生きる私たちが何を失い、
何を取り戻すべきかを教えてくれるのだ。それは自然界と調和する生活や、
海の旅人たる誇り。今の子供たちにも島に生きる誇りを教えてくれる。
さらに航海カヌー建造術や、風を理解し捕らえる技術、星当てによる航法も
伝えたいと思った。長い航海で必要となる基礎的な技術は、
日本の自然環境への理解を深めるはずだ。さらに、太古の日本人が感じていた
自然との精神的なつながりを取り戻してくれるはずだ。
こうして、日本人の祖先が築き上げた航海の歴史は継承される。
私はこの計画を、日本の教育制度に取り入れてもらえないかと思っている。」

ハワイにおいて、古代式カヌーには命が宿ります。
それは、完成する前に名前をつけて儀式に従い建造されるからです。
タイガーのカヌーも、伝統に従い、まずは名前がつけられました。
それが、「カマ・ク・ラ号」。

“カマ・ク・ラ号”( Kama-ku-la とは、ハワイ語で“Child of the rising sun”。 )
「カマ」は子供、「ク」は昇ること、「ラ」は太陽を意味する言葉。
それで、「太陽の出ずる子」という意味です。

しかし、残念ながら、タイガーは、3年前にご病気で亡くなりました。
(うーと親友のすけで、その夏は葉山でもセレモニーをさせていただきました。)
そして、タイガーの意志だった「カマ・ク・ラ号」は、まだ完成していません。

「日本で初めて航海カヌーを建造するからには、日本の人々との絆作りから
始めなければならない。しかもその絆は、精神的な次元で結ばれなくてはならない。」
というタイガーの強い意志のもと、現在、タイガーさんの弟のルイさんが引き継ぎ、
生前、タイガーが住んでいた鎌倉を拠点として、当時の日本の仲間達とともに
団体を結成し、カマ・ク・ラ号建造のため、頑張っています。

その活動の一環で私も参加していたのが、カマクラ・ハカです。
カマクラ号のHAKAを踊ることによって、カマクラ号の完成を祈ろうというもの。
ホクレア号のクルー達も、ホクレアのHAKAを踊っていましたよね。
ホクレア・ハカを作ったのと同じ、ケリータウアさんが作ってくれたHAKAです。

この度、沖縄に引っ越して来た為、もうカマクラ・ハカに参加できないと嘆いましたが、
こっちでもやればいいんだと、最近は前向きに考えています。

まずは、タイガーのこと、カヌーのことを皆さんに知ってもらいたいので、
良かったら、こちらも、、。→ カマクラ号HP:http://www.kama-ku-ra.net/

偉大な、タイガー・エスペリに敬意を表して、、。

Mahalo Nui Loa.

2008年2月22日金曜日

Le Petit Kirikou

「キリクと魔女」という映画をご存知だろうか??
ディズニーでアニメーションになっているのだが、
アフリカを舞台にした、小さい男の子キリクの活躍劇である。

先日、久しぶりにこの映画を見て、思った。
うーん、こんな子が良いなあ、、。

この、お腹の中の暴れん坊くん。
キリクみたいに勇敢で、好奇心旺盛で、
元気で、賢くて、やんちゃで、そして
優しい子になってくれますように、、。

そして、あの賢く美しいお母さん。
うーん、、憧れます。

Le Petit Kirikou
http://jp.youtube.com/watch?v=a2RRGpGCsB4&feature=PlayList&p=AB8288985ACB0DBB&index=0&playnext=1

大地のこもりうた

満月が微笑んだ 風が泣いていた
星達は ただ そこに居た
無力な 小さな 体を見下ろしていた

聞こえてくる 波の音
呼んでいる くじらの声
うずをまいて 歌っている
それは 大地の こもりうた

緑色がゆれている 月明かりにゆれている
虫達は ただ 鳴くだけで
耳に残るのは たましいの叫びだけ

呼びさませ この声を
見たこともない この島で
うたいつづければ このままで
これは 大地に ささげる歌

聞こえてくる 波の音
呼んでいる くじらの声
うずをまいて 歌っている
それは 大地の こもりうた

2004.11.27

2008年2月20日水曜日

休息

人間誰でも、やはり休息は必要だ。
私なんか、本当にそんな時がしょっちゅう。
周りの友人達にもよく怒られるほど、
休まなすぎてぶっ倒れることもしばしばだ。

妊婦なのだから、無理はしちゃいけない、、
と、思いつつも、やはり相変わらず
今でも、休みなしで動き回っている。

しかし、お腹が張ったり痛んだりすれば
やっぱりどきっとする。
いつもに増して体が弱りやすいのも、
なかなか面倒なものね、妊婦って。
でも、その分、お腹の赤ちゃんに
エネルギーがいっているんだと思うと
まあ、しょうがない、と笑顔にもなる。

そんななか、めずらしく会社を休んでしまった。
出産後の何ヶ月かのことを考えれば、
今は少しでも多く働いて、お金を貯めて
おきたいというのが本音だけれど、
長引く風邪と、お腹の張りが気になって
ついに一日お休みしてしまったのだ。
ああ、無念、、。

せめて後一ヶ月、コールセンターの仕事が
終わるまではがんばりたいものだ。
お腹の赤ちゃんは、そんな今日も
元気に暴れている。

2008年2月18日月曜日

赤い太陽

たまらなくなって 涙を流した
赤い太陽は もえあがり
まぶしい光と共に 消えていった

星は輝き 月が笑う
私は泣いて 肩をふるわせ
見つめた青空は遠く かなたへ
もう どこにも 行けない
私は 今 ここにいる

悲しくなって 瞳を閉じた
目の前の世界は 美しすぎて
ちっぽけなカラダは 風に吹かれて
また 空をあおぐ

空は桃色に染まり 海に移り
私はこごえて 涙を流して
見つめた太陽は遠く かなたへ
もう どこにも 行けない
私は ここで 生きている

2004.11.19

2008年2月16日土曜日

ホエールウォッチング


この季節、沖縄にはザトウクジラが来る。
私は、生き物に対して「見に行く」と言うのはどうも苦手で
「会いに行く」が適切だろう、といつも思うのだが、
やはりホエールウォッチングに行く人々は「見に」行っているようだ。

久々の休みだった今日、沖縄の海で子供を産み育てていると言う
彼らに会いたくて、私もホエールウォッチングとやらに出かけてみた。
寝坊して行きそびれたらやだな、と思っていたら、
朝5時過ぎに目が覚めてしまい、ものすごい寝不足で出発することに、、。

ブインブインいいながら波を打ち、爽快に走るクルーザー。
久々にお目見えの(最近はずっと曇り空続きだった)照りつける太陽。

よく、妊婦はジェットコースターみたいな乗り物には
乗ってはいけないと言うけれど、こんなにスピード出してたら
クルーザーもNGなんじゃないか、などと、心配したてみたり、
果たして妊婦は酔い止めの薬を服用しても良いのだろうか??などと
心配してみたりしつつも、結局は、心地良い揺れと日光とに身をゆだね、
ハワイで、モロカイとマウイを行き来していた小型船を思い出しては
なんだかちょっと懐かしくなった。

野生動物なんだし、宣伝みたいにうまく遭遇できるわけないだろうから
まあのんびり海を楽しむかあ、、と、高をくくっていたものの
果たして、彼らはちゃんとそこに居た。
船長さん曰く、昨日もここに居た同じ二頭だと言う。
そう、彼らは私の会いたかった親子クジラだった。

まだ息の続かない子供が一緒だと、潜水時間は大して長くならないので
それこそ5分や10分に一度は顔を出し、ブロウやスラップをする。
時々、パートナーなのか、もう一頭現れたりもした。
あらあら本当に大きいわ、とか、寄り添って泳ぐ姿がかわいいわ、とか
のんびり船に揺られていた私なのだが、
どうやら周りの観光客軍団は、そうもいかないらしい。

見逃すものかと、船の右側に出れば、ぞろぞろと右に移動し、
左側に出れば、またぞろぞろと左に移動し、
「もっとこっち来ないかしら??」「すぐ潜っちゃうね。」
「こっち来い、こっち来い。」などと大声で勝手なことを言うのだから、
聞いてるこっちは堪らない。
自分の事を棚に上げて、「いやいや、そっとしてやれよ。」と
言いたくなるのをぐっと堪え、周りを見渡す。
すると、これが本当に異様な光景なのだ。

目にも眩しいオレンジのライフジャケットを身に付け、
みんなして同じ方向に身を乗り出している光景も然り。
何艘もの船が、必死にクジラを追ってゆく光景も然り。
(いつか見た、昔の捕鯨の様子をシュミレーションしている気分だ。)
私も含め、本当にみんな、ただただクジラを「見に」来ているのだ。
クジラ達は、ただそこで生活しているだけなのに、と思うと
なんとも言えず変な気分になった。

やっぱり、うーはクジラを「見に」行きたかったんじゃなくて
「会いに」行きたかったんだ、と改めて思い知った。
そして、いつもながら思うことだけど、クジラは何があっても
ただただ、この海で彼らの生活をしているだけであって、
そんなあたり前の事をしているだけの彼らが、やはり素敵に思えた。

うーのクジラに対する想いは、まあいろいろとある訳なんだけど、
とにかく、今日は彼らの泳ぐ姿を見れて、やっぱり良かったと思う。
母と子が寄り添って泳ぐ姿は、妊婦のうーには結構しみた。
それはそうと、、

今度は、ちゃんと敬意を持って、 彼らの住まい(海)に
「会いに」行きたいものです。

年の始まりに

時は流れて いつかまたこの生活に慣れて
そうやって生きていけるんだという事は
どんなに悲しい時にでも頭にあって、
そして本当にそうなってゆく

うろこ雲が北へのびてゆく
飛行機が大きな音をたてて飛んでゆく
私はゆっくり眠気におそわれて
雨上がりの土のにおいを思い出す

テーブルには くじら
ベランダには がじゅまる
バスケットには バナナ
そんなゆっくりした生活

またきっと 誰かを愛しく想ったり
泣いたり 笑ったり 愛し合ったりするんだろう
この一人の生活も 失ったり 戻ってきたりするんだろう
そんな事を思って また少しさびしくなる

つねに流れてゆく 時間と空気が
今の私を生かしてくれている
そのことに感謝しようと思った

2008.01.09

2008年2月14日木曜日

エコバッグのロゴ

うーがいつも使ってるエコバッグがある。
自慢じゃないが、買ったものではない。
雑誌の付録で付いてきたものだ。
なので大きくはないし、ショッピングバッグとして使ってはいないけど
なぜか、いつも愛用している。
そのバッグの片隅に入っているロゴは、「WAVEMENT」。

去年くらいから本格的にあちこちで取り上げられている
青森県の六ヶ所村にある、核燃料再処理工場。
その工場が本格稼動すれば、放射能が空や海に流れてしまうから、と
海や自然を愛するサーファーなどが活動している。
うーの友人たちも参加しているし、うーもチャンスを逃して
なかなか参加できずにいたけど、心から応援している。

去年、うーは六ヶ所村を訪ねたことがある。
それまで、声を上げて反対を叫び、署名活動などにも力を入れていたものの
いざ、六ヶ所に行ったら、それが出来なくなってしまった。
無知な自分が情けなく、恥ずかしいと思った。
反対してても、こうして毎日電気を使い、そして実際問題、
日本の現状では、やはり原発なくては電気のある生活は出来ない。
長閑でまだまだ自然の残る六ヶ所村と、そこで暮らす人々に
本当に申し訳なく思ったのだ。

もちろん、放射能が流れて、自然や生き物が死んでいくのは嫌だ。
でも、何十年かけて、人間がやってきたことがそれなのだから
人間である以上、自分たちの過ちや、どうにもならないほど膨張した
いろいろな問題を、ずっと見つめていかなくてはならない。
こうなってしまった事より、ただただ、自分たちのせいで
地球が壊れていくのを見つめていかなくてはならないことの方が、
それを止めることのほうが難しいと分かることのほうが、
きっとずっと辛いだろう。

そうしている間にも、地球も生き物もどんどんおかしくなっていって
また、すべてがゼロになる日も近いかもしれない。
そして、地球にとっては、そのほうが良いのかもしれない。
そんな風に今日も、富士山の噴火はもうすぐかな、、などと思うのだ。

参考までに、、
WAVEMENT 六ヶ所村
http://jp.youtube.com/watch?v=-CQTtf1ntUc
六ヶ所村ラプソディー 予告編
http://jp.youtube.com/watch?v=fb9K_gutJfU&NR=1
海や空を放射能汚染から守る。署名提出
http://jp.youtube.com/watch?v=nKEmzxGXlr4

なんとなしに使っていたエコバッグに、そんな意味があったとはねえ、、。
と、思ってくれた方、MAHALO。☆

2008年2月12日火曜日

沖縄HULA

実を言うと、私がHULAをはじめたのは沖縄だった。
以前、約二年間、沖縄に住んでいたときに、偶然見つけたサークルで
なんとなく始めたのがきっかけだった。

HULAに興味を持ったのは高校生の時くらい。
でも当時、演劇や歌をしていたうーは、なかなかきっかけを掴めずに
そのまま高校を卒業し、結局始めたのはその2、3年後になってしまった。

沖縄でHULAを始めた当時は琉球舞踊もやっていたけど、
最終的に、やっぱりこれだと思ったのはHULA。
初めて踊った時から、なぜかすっと入ってゆけて、
とにかく踊っているのが楽しくてしょうがなかった。
それは今でも変わらない。

今度のことがあって、切羽詰っていたうーは、子供を産むことを選び、
こんなにも大好きなHULAをも捨てる覚悟で、家を出たわけなんだけど
、、、、甘かった。
そんなに簡単に捨てることがもう出来なかったのだ。

つわりも治まって、安定期に入るころ、とてつもなく踊りたくなった。
先生に”HULAやめます”宣言して、髪まで切ったのに、本当情けない、、。
しかたないので、沖縄のHULA仲間に連絡を取って、
懐かしのHULAホームタウンで、またレッスンに参加させてもらうことにした。

うーが始めたばかりのころは野外(公園や駐車場)で練習していて、
夜空の下、風に吹かれつつ裸足で踊っていたものだが、
今はちゃんと部屋を借りて、室内でのレッスンなので、冬でも暖か。
妊婦の時は、こんなのが嬉しい。

なんと言うか、また踊れてとにかく嬉しい。
妊婦なのを良い事に、きつくなると体を休め、代わりに
みんなのフォームを直すべく、口がよく動くようになる。
いい身分なものだ。(みんな、ごめんね。)
妊婦が終わったら、自分こそ体鍛えなおさなきゃ、
きっと、かなりなまってしまっているだろうに、、。
その時は逆に、みんなに直されるのだろう。
そんな日も、また待ち遠しい。
とにかく、このまま永遠に踊っていたい。
そう思う。

ガムラン

首里城の目の前に、沖縄県立芸術大学と言うところがある。
音楽、美術、沖縄芸能の宝庫で、
親友’なべ’の美しい琉球舞踊と出会った思い出の場所でもある。
陶芸科の窯に行くと、捨てられた失敗作などがあり
うーも以前はそこで掘り出し物を探しに出かけたりした。

そこに、ガムランを演奏しているサークルがある。
バリガムランとジャワガムランの両方と、踊りもしている。
前から気になってたうーは、メンバーであり友人の’すーさん’に連れられて
今夜、仕事上がりに一緒について行く事にした。

彼らの演奏を初めて聴いたのは、もう何年も前の芸大祭の時で、
初めて生で聴いたときは、やっぱり感動した。
今回は、なんとなく胎教に良いかもな、とか、そんな軽い気持ちで
見に行くことにしたわけだけど、ぼけぼけしていたら
気づいたらゴングの間に座らせられている自分がいた。

ゴングは一番大きい銅鑼で、つまりはベース音で、音も大きいし、
でもうーは、バリガムランとジャワガムランの違いもよく分からないし、
とりあえず何がなんだか分かってないけど本当に良いのか??
と、大きな銅鑼に挟まれて座ってるうーに、
「8拍ずつゴーンって鳴らすだけだから、大丈夫!!」
って言われてもねえ、、自信ないなあ。

で、言われるがままに緊張しつつ叩いていたけど、これが結構おもしろい。
最初はグワーン!!グワーン!!って大きく鳴り響く音に、
赤ちゃん、びっくりしちゃうよ!!って思ったけど、
だんだん慣れてくると楽しくなってきて、
赤ちゃんも楽しんでいるのか、お腹の中でよく動いていた。
仕舞いには「流れを読むの上手いね。」とか、「リズム感良いね。」
なんて誉められて、こっそり浮かれてしまった。
(自慢じゃないけど、自分がリズム感良いなんて思ったことは一度もない。)

いやー、なんだか本当に胎教に良さそうだ。
とりあえず楽しいし、音も心地良いし、いつか踊りのほうもやってみたい。
何はともあれ、連れて行ってくれたすーさん、ゴングを叩かせて下さった皆さん、
帰り道でもないのに車に乗せていってくれたメンバーの子にも、
つまりはガムランサークルのみなさんに、感謝です。☆
また、仲間に入れて下さいね。

2008年2月9日土曜日

妊婦の旧正月

明けましておめでとうございます。
一昨日は旧正月でしたね。
沖縄南部では、旧正月が盛り上がるそうです。
そして今、沖縄は桜が満開です。
内地は雪だそうで、、。
どちらかと言うと、うーは雪が恋しいです。

ここに来てつくづく良かったと思えるのは、やはり
沖縄の人の、子供を産むと言う事に対する考え方でしょう。
私が一人でも絶対産む!!!!と言うと、
内地では、「無理だ。」「甘い。」「よく考えろ。」となるところを
沖縄では、「産みなさい、産みなさい。」となる。
ここでは女性が若い女の子に、よく
「結婚できなくても、子供は産みなさいよ。」と言っていたりする。
「子供を産むのは女の特権なんだから、経験しときなさい。」って事らしい。
そして、そう言う女性のほとんどは旦那なんかどうでもいいって感じだ。
沖縄の女は強い。

もちろんそれだけだはなく、ここでは今でも人と人とがとても近い。
他人だろうがなんだろうが、みんな世話を焼いてくれる。
ここでは子供は親が育てると言うよりも、みんなで育てると言う感じ。
「妊婦の一人暮らしなんです。」と言うと、
「楽しみねー。」の後に「生まれたら世話してあげるから。」と、
買って出てくれる人ばかり。
子供好きの人が多く、みんなこの子が生まれてくるのが待ち遠しいと言う。
その証拠に、沖縄はいつだってベビーブームだし、
たいていの職場では、働くお母さんに理解を示してくれる。
だから、妊娠7ヶ月のうーにも毎日、職がある。
有難いことだ、、。

そんなこんなで、みなさまに支えられ(感謝!!)
うーの沖縄妊婦生活も、もう4ヶ月目。
相変わらず、マイペースにがんばっています。
そして、赤ちゃんは今日もお腹の中で大暴れしています。

今年もどうぞ、よろしくぱんち。☆
うーにとって、この子にとって、そしてみんなにとって
今年も一年、良い年でありますように、、。